投資の媚薬
悩みごとはマダム・ルーのところに持って行った
ほら、あのジプシー女だよ、金歯している
アパートが34番街とヴァイン通りの交差点にあって
小瓶に入った恋の媚薬No.9を売っているんだ
『恋の媚薬 No.9』 1959年頃
私はこれまで、金歯をしているマネー・マネージャーに会ったことはありませんが、あえて考え込まなくても、私たち「運用マネージャー」と恋の媚薬を売る悪名高きマダム・ルーの間に共通点があることは間違いありません。私たちが売っているのは「恋」ではなく「希望」ですが、お客様にお支払いいただくかなりの水準の手数料に相応のパフォーマンスを約束できるマネージャーは、ほとんどいないのが現実です。もちろん、約束が実現されないにしても、希望にはそれなりの価格がつけられるものです。日曜礼拝で献金皿に5ドルを乗せ、ブラックジャックに25ドルを賭けるのも、そこに希望があるからです。前者は通常、「保険」として正当化され、後者は「娯楽」として容認されます。こんな言い方をすると、天国の存在を強く信じている方や、次のラスベガス旅行では必ず勝てると信じている方などは不快に感じられたかもしれません。ただ、私が言いたいのは、運用マネージャーが投資という「媚薬」を売ろうとするなら、過去の実績は味方にはなりませんから、特大のリボンでも付けて見た目を飾り立てるしかないということです。常識的に考えて、運用業界全体が市場をアウトパフォームすることは不可能です。それは運用業界イコール市場と言えるからであり、アクティブ・マネージャーのアルファがマイナスであることを示す長期統計がそれを証明しています。にもかかわらず、投資家はきわめて高い費用を払おうとしています。最近のバロンズ誌の記事によると、株式ファンドに支払う手数料により、投資家のポートフォリオのパフォーマンスは平均で年99ベーシスポイント、つまりほぼ1%低くなっているとのことです。債券マネージャーの場合、株式マネージャーよりも慎み深く、手数料は年75ベーシスポイントにとどまり、MMFに至っては、多くのマネージャーが僅か38ベーシスポイントの手数料でやりくりしています。しかしながら、この38ベーシスポイントという数字は、よく街角で行われた豆粒が殻の下で消えてしまうトリックと同じように、誤解を招きやすい数字です。現在、MMFはやっと年38ベーシスポイントのリターンを稼ぎ出せるかどうかという状況であり、結局、そのリターンのほとんどが運用マネージャーの手に渡ることになります。なんと高価な媚薬でしょうか。インデックス・ファンドやETFなどでは低い手数料水準により、こうした極端な不条理が回避されていますが、401(k)やその他ミューチュアル・ファンドの1.5兆ドルに上る確定拠出資産は、その9割がアクティブ運用されており、その手数料は1%近くに達しています。資産価格が上昇し、リターンが2桁に達する局面では、こうした手数料を容認できたかもしれません。しかし、PIMCOの言う「ニュー・ノーマル」において予想される、6%程度の投資収益率では、投資家の収益の15%が、マダム・ルー並みのあやふやな約束に基づいて収奪されることになります。当然のことながら、これに対処するには、投資に見合ったリターンが得られるのではないかという、根拠のない楽観論ではなく、長期パフォーマンスと手数料の比較をし、適切な情報に基づく確信を胸に、34番街とヴァイン通りの角にあるマダム・ルーのアパートを訪ねることです。良い投資となりますようお祈りいたしまして、乾杯!
レバレッジ削減と規制強化の影響が色濃くなるこのニュー・ノーマル経済において、媚薬、すなわち成功する運用戦略を求める投資家は、メディアが注目するようなミクロな部分ではなく、いくつかのきわめて大局的なマクロ経済の動向に注目する必要があります。直近のゴールドマン・サックスの四半期決算は、金融セクターが生気を取り戻しつつあることを示していると言えるかもしれませんが、実体経済が同じように安定化するには、何が必要かを知る手がかりにはなりません。先月号のInvestment Outlookでは、賃金と雇用動向の重要性について取り上げましたが、こうした要因が最大の注目点であることは今も変わっていません。常識的に考えて、個人消費の拡大は雇用水準が高く、十分な報酬を得ている労働力から生み出されるものですが、現在の状況はこうした基礎的な条件を満たしているとは、到底言えない状況にあります。実際には、自動車、住宅建設、商業用不動産開発、金融、小売など、数々のビジネス・モデルが崩壊した結果、失業率が2桁近くに達しています。資本主義というハンプティー・ダンプティーの卵を新たに作りあげることは、きわめて困難なのです。
しかし、媚薬を手に入れようとするのであれば、今後きわめて長期間、強い影響力を持つことになるマクロ的概念を理解する必要があります。そこで、ここからはそのマクロ的概念を紹介し、500語程度で説明してみることにします。その重要な概念とは、政策当局は滅多に認めないものの、資産価格の押し上げによる名目GDP成長率の引き上げは、政策当局にとって欠かすことのできない目標であるという考え方です。これを実現できれば、最終的に、雇用と経済の安定をもたらすことができると考えられます。
では説明しましょう。
一国の国内総生産(GDP)は既存の投資のストック(工場や生産設備、ソフトウェア、特定の無形資産の形の資本)と労働力(労働者)が1年間に生み出した財とサービスを合計したものです。過去15年程度の間、米国の年間生産額(GDP)の伸びは名目ベース(実質成長率とインフレ率)で5~7%となってきました(チャート1)。必ずしも毎年、この水準を達成できた訳ではなく、高成長を実現した年もあれば、低成長に終わった年もありましたが、長期に見るときわめて安定しており、資本家に対して、人員採用や投資計画を正当化する際の拠り所として、そして予想し得る資本収益率にきわめて近い数字として、5%を想定できることを訴えられるだけの一貫性があります。名目GDPは事実上、国家経済の資本収益率をほぼ正確に示すものと言えます。一国の経済が毎年、5%で成長したとすると、それは同じペースで利益を伸ばしている企業の株式に近いと考えることができます。企業や投資家はそうしたキャッシュフローの現在価値を推計することが可能であり、それを基に、投資資産と関連する資産の値付けが可能になります。すなわち、名目GDP予想を基にした資本資産価格モデル(CAPM)です。
客観的には立証が難しいものの、論理的に考えると、過去数十年間、まさにこうした状況が続いてきたと言えます。企業は需要とコスト、そして経済全体の資本収益率が一貫してこの5%程度の伸びになるとの確信を強めつつ、事業を拡大してきました。ローンや債券は、実質ベース、インフレ・ベース双方で5%の成長となる中で元利金の支払いを履行できる能力を反映した利回り水準で発行されました。また、株式も同じ考え方で発行され、値付けされてきました。年金債務やその他類似した負債も、同様の論理に基づいて正当化され、政府の歳出計画でも、税収と給付を同じ論理で予想していました。このように、実質経済と金融市場双方が5%のGDP/CAPM「モデル」を前提として成り立っていたのです。
しかし、状況は変化し、今や米国経済、そして特に世界経済に巨大な生産能力の過剰があることは明らかです。回帰性の強いレバレッジの削減により、「5%の大いなる安定」の負の側面が明らかになる一方、名目GDPは5%を割り込むだけでなく、少なくとも一時的にマイナス水準に落ち込みました。さらに続けて言えば、これが今回、私が申し上げたい重要な点ですが、米国の生産能力と労働市場の一部は今後、恒久的な縮小を余儀なくされるでしょう。経済の長期的均衡を維持するためには、5%近い名目GDP成長率が必要です。名目成長率が5%を割り込むと、雇用水準の維持が困難になり、ショッピングセンターは営業を続けることが難しくなり、自動車生産施設の収益性は低下します。そして、経済自体がニュー・ノーマルに向かいます。これは平均失業率が5%ではなく8%になり、住宅着工件数が200万戸ではなく150万戸になり、国内自動車販売が年率換算1,600万台ではなく1,200万台にとどまる状況です。この再調整プロセスでは、重要な点として、企業のデフォルトと住宅ローンにより、債務はヘアカットされ、リスクの高まりと大幅に悪化した成長見通しに基づき、株価収益率は低下します。これまでの拡大を支えてきた好循環が、景気後退、もしくは低成長率による停滞がもたらす悪循環へと変化するわけです。どのように呼ぶにせよ、レバレッジ金融と資産価格の上昇を基盤とする現代の資本主義経済は、「資本収益率」、すなわち名目GDPにそれだけの重大なショックが発生すると、繁栄することができなくなります。
市場は政策当局が救済してくれることを期待しています。ゼロ金利、量的緩和、1.5兆ドルに上る財政赤字、数兆ドルに達するFDIC(連邦預金保険公社)や政府による債務保証、さらに数兆ドルのMBSおよび米国債購入、TALF(ターム物資産担保証券貸出制度)、TARP(不良資産買取プログラム)など、打ち出された救済策を数え上げればきりがありません。では、政府は経済を救えるでしょうか。言い換えると、政府は目論見通り、名目GDP成長率を5%まで引き上げ、「オールド・ノーマル」経済に戻すことができるのでしょうか。それは難しいと思われます。政府が保証する借入れを民間のレバレッジに入れ替えることを考えた場合、その可能性が低いことが分かります。TALFやTLGP(暫定流動性保証プログラム)、その他の政府が支援する借入制度は借入金利の面で魅力的ですが、こうした制度には、高水準の担保のヘアカットや頭金など、信用面の制約条件が盛り込まれており、「ニュー・ノーマル」下での貸し手は5%の名目的成長を前提とした影の銀行システムで標準的であった与信アプローチを採用することができません。つい先週、オバマ大統領は金融機関による「常識から外れた取引」に対して、新たな「取引手数料」を徴収することを提案しました。大統領はこう言いました。「そうした取引を実行したいのであれば、それなりの負担をすべきだ」。同じく、ワシントン政界内部にも、米国全体でも、政治面における障害があり、それが現在の停滞状態からの政策の拡張を阻止することになるでしょう。政治家の大半や一般市民までもが、金融および財政政策の拡大を制限することを強く求め、「TARP第2弾は必要ない! これ以上の財政赤字は必要ない! FRBは出口戦略を持つことが必要だ!」と主張しています。国内的にも、国際的にも、こうした将来の政治的制約や限界があるとすると、これまでに実施されたほとんどの政策的措置は金融システムの安定化を目的としたものであり、雇用喪失回避の点から実体経済に狙いを定めた措置がほとんどなかったことを認識する必要があります。民間部門の雇用創出に対し、法人税控除を認めたり、入隊者の僅かな増加以上に政府職員の新規採用をしたりするために必要な政治的な意思や財政上の余裕はどこにあるのでしょうか。簡単に言うと、今年下半期を起点に景気回復が始まっても、少なくとも数年間は、「ニュー・ノーマル」での名目GDP成長率、すなわち労働力と資本投資のストックに対する将来の収益率は、3%前後の水準になると考えられます。資本主義的なリスク・テークが低調となり、政策当局によるレバレッジ引き上げの試みにも制約がかかることを考えると、そうした結論が導き出されます。
では、投資に関しては、どのような結論を導き出せるでしょうか。名目GDP成長率が3%にとどまる「ニュー・ノーマル」は企業収益の伸び率の低下や失業率の構造的な上昇、個人消費の伸び率の頭打ち、政府部門の関与の拡大を意味し、米国の資本主義モデルの特性を大きく変化させるものです。高リスク債券や商業用不動産、そして信用力の低い地方債も、政府が支援をしなければ、景気循環に伴って一般的に見られる以上のデフォルトによる悪影響を受ける可能性があります。株価収益率は過去の標準的水準の下限近くにとどまり、最終的に株価が上昇できるかどうかは、景気回復期待ではなく、増配など、確固たる収益の伸びによって決まることになります。投資家は、名目GDP成長率3%への歩みがリスク水準の高い資産におけるデフォルトとヘアカット、さらには、リスク水準が最も低い政府資産や政府保証資産の極端に低いリターンを意味することを忘れてはなりません。この新たな環境において有効となる投資対象は、バランスシートが強力で配当利回りが高い企業が発行した、安定収益が見込まれる債券と株式、そして、名目成長率が新たな低水準ではなく、上昇方向を向いている一部の厳選されたエマージング市場の債券でしょう。これぞマダム・ルーのNo.9よりも優れた媚薬です。
ウィリアム・H・グロース
マネージング・ディレクター
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