巨万の富に犯罪の影あり-バルザック
バルザックがこう語ったのは約200年前のことでした。そして、現代の資産家の名誉のために付け加えると、18世紀以前には、王家や貴族のように富を収奪すること、すなわち課税することが、富を蓄積する唯一の方法でした。資本主義が誕生し、生産性が毎年上昇するようになって初めて、運を味方につけ、時流を正確に読み切った起業家や投資家、リスク・テーカーが大金を手にし、財を成すことが可能になりました。それでも、依然として富に対する悪いイメージは残っています。私は1980年代初頭のとあるカクテル・パーティーで起きた出来事を、今でも覚えています。この時、私は酩酊気味の一人のゲストと資本主義の長所について議論していたのですが、彼は私に「君は薄汚い金持ちだ」と言い放ったのです。私にはこの言葉があらゆる点から見て、きわめて不当な誹りと思えました。それはこの人物が私の実際の状況について何も知らなかったからであり、さらには「薄汚い」と言われる筋合いは全くないと思われたからです。おそらくこの人物は、自分にはない、かなりの資産を私が保有していると邪推し、それに憤慨して、使い古された痛烈な言葉を投げかけたのでしょうが、こうした憤りには、社会学的相対性という歴史的背景があるのです。PIMCOが発展を遂げることができたのは、お客様にそれ以上の利益をもたらしてきたからだというのが私の持論ですし、私個人に対する評価だとすれば的外れといえるでしょう。しかしこの発言は、実際にその後の数十年間で大々的に進行した、偏りのある、かなりきわどい富の形成が進んでいるとする意識の広がりという点で、耳を傾けるべきものがあったのかもしれません。ビル・ゲイツ氏やスティーブ・ジョブズ氏など、社会に対して多大な貢献をした、資本主義の真の牽引役が現れたことは確かです。しかし、外部の資金を借り入れる能力、もしくは外部の資金を集めることが可能な人がより多くの富を手にするようになったことも事実です。レバレッジ形成の観点からすると、相対的に見て、米国経済は依然として初期段階にあったため、外部から資金を借り入れ、その資金をリスクが高く、リターンも高い金融資産や実物資産に投資する人に多大なスキルは求められず、銀行や保険会社から融資を引き出す能力があれば十分でした。その後の長期にわたるレバレッジの拡がりにより、こうした人々はわずかな自己資本を何倍にも増加させ、隠れた場所に眠る海賊の財宝さながらに、巨万の富を手にしたのです。 子供の頃、両親が半ば腹立たしげに、ゴルフ場の会員になることができるのは医者かパイロット、自動車ディーラーだけだと言っていたのを思い出します。時代は様変わりしたものです。私は今、パーム・スプリングスに近いビンテージ・クラブというゴルフ・コースの16番ホールが見渡せる場所で、この原稿を書いていますが、7番アイアンでシャンクしてしまい、池に打ち込んでしまっているゴルファー達はいずれも不動産ディベロッパーや投資銀行家、そして資産運用会社のトップたちです。現在の金持ちは昔の金持ちとは違っているのです。それはスコット・フィッツジェラルドが描いたような違いだけでなく、彼らがどういった人々で、何を生業としているのかも違っています。金持ちの一部、もしくは全員が薄汚いがどうかは、いずれ社会と歴史が評価を下すことでしょう。しかし、1つだけ確かなことがあります。それは向こう数十年間、外部の資金を使って財を成すことがこれまでよりもはるかに難しくなるということです。レバレッジの削減、規制強化、課税強化、報酬制限といった要因により、フォーブス400(米国の資産家上位400人)に入ることができるのは、飛び抜けて優れたスキルを持つ人々か、飛び抜けて胡散臭い人々だけになるでしょう。
フォーブスが毎年発表している世界版長者番付に興味のある読者は、この番付がますますグローバルになり、米国外の人々が多くなっていることに気づくはずです。これは世界の中で米国が生み出す富の比率が低下しているということです。米国の富を生み出す能力は低下していると思われ、これは米国民の相対的な生活水準が低下していることを物語っている可能性もあります。そうだとすると、これはドナルド・トランプ氏だけでなく、一般の給与所得者や市民にとっても重大な意味を持つことになり、所得水準や失業率にそれが反映されることになります。また、株主、401(k)投資家、そして債券マネージャーにもその影響が及ぶことになります。それがはっきりと証明することになったのが、米国のトリプルAの格付が引き下げられる可能性が浮上したことを契機とする先日の混乱でした。5月20日夜、スタンダード&プアーズ社は英国の格付を引き下げ方向で見直すと発表しました。米国と英国はいずれも金融レバレッジの水準が高く、双子のように深い結びつきを持つため、この発表は即、「次は米国の番かもしれない」との懸念を呼び起こしました。この発表から48時間で、ドルは2%下落し、米国の株価と長期債価格も同じように下落しました。こうしたトリプル安が起きることは滅多にありませんが、今にして思うと、このトリプル安は妥当な動きであったと言えるでしょう。要するに、米国の格付が引き下げられた場合、世界の基軸通貨たるドルに暗雲が立ちこめることになります。そして、株価と債券価格は将来のドル建て収益の現在価値に過ぎないため、こうした価格もまた、下落することになります。
格下げは、PIMCOでは起こるとしてもはるか先のことと考えていますが、一見しただけでは、格下げの可能性に首をかしげたくなるかもしれません。国家の格付では契約上の権利や軍事力、中高等教育の充実度など、数々の主観的項目が考慮されますが、最大の注目点は常に客観的な債務の水準であり、ソブリン債務の場合であれば、GDPに対する債務の比率になります。表1が示すように、今回の大不況を迎えた時点では、日本を始めとする、痛ましい状態にあるダブルA格諸国と比べ、米国と英国の債務比率は良好でした。
しかし、こうした国々と米英両国の格差はかつてない速さで縮まっており、先週、市場はその事実を唐突に突きつけられることになりました。米国について言うと、1.5兆ドル近い単年度の財政赤字はGDPの10%に相当します。これは1930年代の大恐慌以来となる水準です。大統領やガイトナー財務長官を含め、政策当局は、有権者や金融市場などに対して、こうした財政運営は持続不可能であり、景気が回復すれば、直ちに財政規律を正すと断言していますが、ワシントンがどのようにして財政均衡を図るのか、その正確な道筋を思い描くことは困難です。民間セクターのレバレッジ削減、規制強化、消費の縮小といった要因はすべて、単に失業を増加させないために必要な1%以上の実質成長率を維持するためだけでも、政府支出の支援が必要であることを物語っています。このGDP比10%の財政赤字が今後5年間続いた場合、米国の債務残高はGDP比100%を超えることになり、格付機関、そしてそれ以上に重要になる市場はこれを手遅れと評価するでしょう。債務残高がGDP比100%になると、利息の支払いだけで年間生産の5~6%に達する可能性があり、利息が利息を呼び、ウェスト・バージニアの炭鉱労働者の悲哀を歌ったテネシー・アーニー・フォードの名曲「16トン」のように、重くのしかかってきます。「16トンの荷物を引いて、何が得られるというのだろう。1日歳を取って、借金が増えるだけだ」。支出を増やさなくても、この重荷は瞬く間に17トン、18トン、19トンと増えることになり、オバマ政権もその後の政権も財政赤字を解消できず、この重荷が米国の行く末を決定づけることになります。実際のところ、サプライ・サイド経済学には、最初からトリックがあったのです。1960年代終盤から70年代に米国と英国では80%もの限界税率が存在しており、そこからの減税は、実際に生産的投資と企業家のリスク・テークを後押しました。しかし、40%を割り込むような限界税率は富裕層をさらに豊かさにさせ、国の財政バランスシートを不安定化させるものでしかありません。クリントン政権が魔法のように実現した財政黒字は実際のところ、レバレッジを利用したキャピタル・ゲインに対する一時的な課税によるものであり、そのキャピタル・ゲイン自体、いずれかの時点で上昇に転じざるを得ないにせよ、長期的なインフレ率と金利の低下が生み出したものでした。米国は減税の継続により、すべてが解決されるとの確信に支えられた長い間の過剰消費と過小貯蓄のつけを今、支払っているところなのです。
現在の年間1.5兆ドルの財政赤字は、人口構成比が突出して大きいベビーブーム世代による財政の圧迫という間近に迫った問題にも対応できていません。ブラックストーン・グループなどの民間のシンクタンクだけでなく、議会予算局など、政府機関の研究でも、連邦政府による社会保障やメディケア、メディケイド向け支出は向こう20年の間に、全体としてGDPの6%分、増加するとされており、それに見合った増税が実施されない限り、赤字は一層拡大することになります。この3つの制度全体で、将来支払わなくてはならない負債は40兆ドル程度になります。別の言い方をすると、この現在価値を現在の10兆ドルの赤字に加えると、GDPの300%に達することになります。これはアルゼンチンやブラジルなど中南米諸国で過去100年間に見られた水準に近いものです。
つまり、表1に示した比較的低い米国政府の債務比率は、10年以内に大きく変化している可能性が高いということです。そこで、誰がこの債務を買うのかという疑問が浮かんできます。推計によると、今年度の財務省による国債総発行額は最大で3兆ドル、正味発行額は2兆ドル近くに達します。これは昨年の供給額の4倍近い水準です。昨年までは、米国の貿易赤字と経常赤字の還流分により、財務省の借入所要額を手当てすることが可能でした。しかし、この赤字還流分は概算で5,000億ドル程度に過ぎないため、中国を始めとする黒字国が対米黒字を全額、米国債の購入に充てたとしても、不十分であることは明らかであり、現実問題として、黒字国が対米黒字を全額、米国債に投入する可能性はありません。したがって、こうした黒字国以外の誰かが最大1.5兆ドルに上る財務省証券を購入しなくてはなりません。確かに、銀行や個人投資家がその一部を吸収するでしょうが、推計困難な巨額の限界的供給に対する買い手が必要になります。懸念されるのは、それを実現する方法が2通りしかなく、どちらの場合も米国と世界の金融市場にとって深刻な帰結を招くことです。第一は、直近で見られるように、米国債カーブのスティープ化と中長期債利回りの上昇です。財務省は短期的な金利負担の増加に容易に対応が可能ですが、それがモーゲージ金利や企業の借り入れ金利に与える圧力は、現在進行中の壊れやすい「回復の初期的兆候」に対する深刻な脅威となります。第二に、米国債と政府機関債を年間4,000億ドルのペースでほぼ毎日、購入することを発表しているFRBがこの数ヵ月間、最終的な買い手となっていることです。これに加え、FRBは1兆ドルの政府系モーゲージ債の購入を打ち出しており、資本市場、すなわち、社債と株式双方が好調となっている最大の理由はここにあります。しかし、FRBは今後、慎重に歩を進める必要があります。こうした購入により、FRBのバランスシートは拡大していますが、それが最終的にインフレの上昇を招く可能性があります。そうなると、神経質なドル資産保有者は他通貨への分散投資を検討し始めることになり、米国債を売却することになります。
ドルの下落と債券利回りの上昇双方に対する解決策となるのが、持続可能な回復が確認された時点で直ちに財政の均衡化を図ることであるのは明らかですが、持続可能な回復にしても、均衡財政指向にしても、多くを期待することはできません。「ニュー・ノーマル」を反映して、今後の回復局面の成長率は以前の3%を超える水準ではなく、1~2%程度にとどまると見られるため、1兆ドルを上回る財政赤字は続くと考えられます。こうした未来で富を維持するためには、上記のような世界的な経済成長に対するこれまでとは異なる展望や、金融市場における低いレバレッジ水準を反映した戦略が求められます。債券投資家は、低い金利水準にとどまり、価格の下落に対する耐性が強いと考えられるイールドカーブの短期セクターに集中すべきです。ドルを保有する投資家は、各国中央銀行やソブリン・ウェルス・ファンドに先んじて、通貨バスケットを分散化させるべきです。すべての投資家は、数年前まで慣れ親しんだ水準よりも大幅に低い収益率を覚悟すべきです。「ニュー・ノーマル」の世界で富を維持するためには、バルザックの言う犯罪の影を引きずるのではなく、投資した資金の収益というリターンよりも、投下した資金の回収というリターンを心配すべきという、1930年代初頭にウィル・ロジャースが残した言葉に耳を傾けるべきかもしれません。
ウィリアム・H・グロースマネージング・ディレクター
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