落下注意!
現在の金融経済危機は落ち込みの大きさだけでなく、その進行速度の速さからも、歓迎できないものです。昔のアニメ「ワイリー・コヨーテ vs ロード・ランナー」さながらに、金融市場は息もつかせぬ速さで急降下しています。1年前、世界の株価は現在のほぼ2倍の水準にあり、景気後退の可能性があることを指摘するエコノミストは極端に悲観的な見方を取る一部の人々に限られました。一方、今日では大恐慌との類似性が指摘され、経済成長と伝統的な金融モデル、そして経済の再生に向けた政策対応が大きくシフトしていることが明らかです。経済面で密接につながっている世界の多くの国々とその国民はショックを受けており、将来発生し得る大規模な変化に感づいてはいても、完全に理解するには至っていません。
レバレッジに依存した世界経済は、以前の、銀行システムが支配的な力を持つ構造から、「影の銀行システム」と呼べる、融資の証券化やストラクチャリングが牽引する構造へと変化した――。PIMCOは過去数年間、一貫してこう主張してきました。SIV(ストラクチャード・インベストメント・ビークル)、ヘッジファンド、CDO(債務担保証券)、そしてレバレッジ水準を徐々に高めてきた住宅金融専門会社と投資銀行は、あらゆる市場で資産価格を上昇させ、それが実体経済の成長率と雇用を持続不可能なほど高水準に押し上げてきました。しかし、米国の住宅価格下落をきっかけに始まったレバレッジ削減プロセスは、2007年中盤にはついに、いつも足の速いロード・ランナーを追いかけて断崖から転落してしまうワイリー・コヨーテ(挿絵)さながらに、猛スピードで墜落を始め、国債を除くほぼすべての資産価格はそれに伴い下落しました。そして、実体経済も米国だけでなく、世界全体で資産価格の下落と連動するかのように急激に悪化し、上昇局面だけでなく、下落局面でも相関関係の強さが実証されました。PIMCOのみるところ、デフレにつながるこのレバレッジ削減と小型の恐慌に対して取るべき対応は簡潔かつ明瞭です。それは資産価格の下落に歯止めをかけることに他なりません。それが実現できれば、実体経済も底入れすることになります。住宅価格の下落が止まれば、新たに家庭を持とうとする人々は住宅を借りるのではなく、所有することに対してより積極的になります。株価が落ち着けば、痛手を受け、なりを潜めていた投資家は、米財務省短期証券に集中させていた401k資金をより積極的に運用するようになります。そして、企業の設備投資、雇用、そして収益の回復も時間の問題となるでしょう。
しかし、デフレの勢いが増してしまうと、対応はこれほど単純なものになりません。一度消えたアニマル・スピリットに再び火をつけることは容易ではなく、利益の追求よりも「恐怖そのものに対する恐怖」が勝ってしまいます。こうした状況下では政府が支援の手を差し伸べることが必要であり、そのためには、ケインズ主義を蘇らせ、財政支出と、独創性に富む金融政策により、資産価格を下支えし、堤防の決壊を食い止めなくてはなりません。PIMCOは最近、こうした取り組みを支援するいくつかの公的プログラムの運営に携わっています。その1つがコマーシャルペーパー購入制度(CPFF)であり、これはCP利回りに好影響を与えています。また、FRB(米連邦準備理事会)による政府系機関保証のモーゲージ債買い取りのプログラムもありますが、これは30年住宅ローン金利を4.5%に低下させ、新築および中古住宅の取得能力を向上させました。PIMCOはこの2つの制度が、今日までに打ち出された政策における代表的な成功事例であると考えています。もちろん、PIMCOが関わったからというのではなく、実体経済の背後で重大なデフレ要因となってきた資産価格の下落に歯止めをかけ、押し上げることに成功したからに他なりません。資産価格の下落に歯止めがかかり、その後12ヵ月の時間差で失業率の上昇にも歯止めがかかると、オバマ大統領が目指す300万人の新規雇用創出も達成される可能性が高まります。
資産価格の下落に歯止めをかける試みは、他にもさまざまな形が考えられ、実際に導入されてきましたが、見たところ、こうした対応には一貫性がありません。銀行の資本増強は、銀行の融資再開、それによる資産価格形成の再活性化が期待される、大いなる一歩です。しかし、銀行の資本増強を強く支持する人々は、過去の銀行システムとそれに取って代わった「影の銀行」システムの違いを認識できていない可能性があると考えられます。自らの名前を冠したシンクタンクで代表を務めるジム・ビアンコ氏は、最近発表した『When Will The Banks Start Lending?(銀行はいつ貸出を再開するか)』で、その違いについて取り上げています。ビアンコ氏は銀行が既に融資を再開しているものの、PIMCOの言う「影のシステム」がその障害となっていると結論づけています。チャート1にビアンコ氏の分析結果を示しましたが、このチャートからは過去数年間、民間クレジット市場債務に占める証券化の比率が銀行ローンを上回ってきたことが分かります。しかし、最近の報道とは裏腹に、銀行は既に融資を増やし始めており、機能していないのは「影の銀行」です。これは筋の通った説明です。銀行は融資基準を厳格化させてきたかもしれませんが、不良資産買取プログラム(TARP)から投入された新規資本で新たなローンを実行することが可能になっています。しかし、政府資金の投入は大手金融機関を対象としており、ヘッジファンドや投資銀行、ストラクチャード金融コンデュイットといった影の銀行はレバレッジの削減を余儀なくされています。ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーがTARP資金を受け取っていることは確かです。しかし、それは規模と借入を縮小し、銀行に転換することを条件としており、両社は保有する資産を大幅に削減しました。こうした状況からすると、コマーシャルペーパーと30年住宅ローン金利に明確に狙いを定めた対策を除いて、これまでの政策対応が期待したほどの成果を上げていないことに意外感はありません。銀行は資本を増強し、慎重ではありますが、融資を再開しています。しかし、影の銀行にとっては、新規資本が存在せず、これを取り込むことができないため、現在もレバレッジの削減を進めており、それが資産価格を引き続き押し下げています。PIMCOのラミン・トルーイが作成したチャート2は、家計債務の縮小と証券化市場の下落の間に相関があることを示しています。トルーイはこの部分だけでも、政策当局による1兆ドルの穴埋めが必要になると推計しています。
影の銀行システムの重要性を強調したからといって、影の銀行システムに対して政府が多額の資金を供与し、救済すべきと主張しているわけではありません。おそらく、オバマ政権はヘッジファンドやCDO、プライベート・エクイティ企業(サーベラス?)、ドナルド・トランプ氏などを救済しないでしょう。こうした参加者はいずれもレバレッジを多用したリスクテイカーであり、救済されないでしょうし、また救済すべきではありません。しかし、破綻を容認するにしても、政策当局は資産価格を下支えする必要性を認識しなくてはなりません。そして、それはロバート・シラー教授が先日のウォールストリート・ジャーナル紙への寄稿記事で指摘した通り、民間の投資家の安心と信頼を高めることで実現させることが望ましいと言えます。但し、必要な場合には、資産購入に対する融資の提供や、資産自体の購入も選択肢とすべきです。ダウ平均が10,000ドルを回復しなくてはならないというわけではありません。もしそうなれば、過去12ヵ月間で自らの401kの価値が半分になってしまった何百万人もの人々にとっては朗報でしょうが、その可能性は高くありません。それよりも、実体経済を2010年に復活させるためには、商業用不動産やクレジットカードローンなどを証券化した金融商品の価格下落や、旧来の通常の地方債の価格下落に歯止めをかけなくてはなりません。
例を挙げて説明すると、CMBS、すなわち商業用不動産モーゲージ担保証券の利回りは近年、5%前後で推移してきましたが、現在は12%を超えています。不動産融資は向こう数年の間に償還を迎え、借り換えが必要になります。そのため、ショッピング・センターやショッピング・モール、オフィスビルなどが存続するには、こうした融資の利回りが5%前後まで低下することが不可欠です。それを実現させる最適な方法についてはさまざまな見解があります。株式支援策として、CPFF型の、自己保険的な、新たな仕組みを導入すべきとの考え方がある一方、残っているTARP資金のかなりの部分をFRB融資の予備的な緩衝材として提供すべきとの考え方もあります。グッドバンク・バッドバンク構想も浮上してきています。政策当局はこの3つの選択肢をすべて検討しており、向こう1週間程度で結論が明らかにされるでしょう。しかし、現時点で確実なことが1つあります。それは景気が回復するには、商業用不動産価格が安定し、今後、多くの小売店舗が営業を続けられることが必須であるということです。
また、地方債利回りは現在、米国債の2倍近い水準で取引されており、平均価格は米国債の113に対し、地方債は80となっています。州や市が通常の行政機能を果たすには、地方債価格が100に戻る必要があります。現代の資本主義は、過去の水準と大幅に乖離しない価格と利回りの水準での借り換えや債券新規発行などの資金調達が可能かどうかに大きく左右されます。言い換えると、デフォルトを回避しようとするならば、足元の利回りは経済に内包される債務のコストに近づかなくてはならないということです。地方自治体だけでなく、病院や介護施設、そして大学までもが、効率的に運営するためには地方債価格の安定と回復が必要になります。同様の議論は社債にも当てはめることが可能です。
政策当局に対するPIMCOの助言は次の通りです。全員を救済することはできませんが、経済を回復させるためには、特定のきわめて重要な資産セクターの市場機能と価格を回復させることが必要です。前政権の銀行重視はきわめて重要な役割を果たしましたが、一元的なものでした。レバレッジと金融イノベーションが支えてきた影の銀行システムは、25年近くにわたり、世界経済拡大の原動力となってきましたが、現在はこの見えにくい影の銀行のレバレッジ削減が世界経済を危機の淵に追いやっています。政策当局はシティグループやバンク・オブ・アメリカ、AIGと同じように、大手不動産開発業者や地方自治体、クレジットカード発行体に対しても、単発的な救済策だけを選択肢とすれば良いと考えるべきではありません。それよりも、最終的に景気を回復させるためには、地方債やCMBS、そして投資適格社債といったきわめて重要な資産価格の下支えが必要であることを認識すべきです。哲学的にも機能的にも、資本主義の正常な状態を支えるのは信用であり、銀行システムは新たに融資を実行できるとしても、影の銀行に対して融資を再開させることははるかに困難です。影の銀行による融資は証券化に依存しており、証券化市場の動向は資産価格が安定し、最終的に現在の水準よりも上昇するかどうかに左右されます。TARPは当初、資産価格の下支えを目標としたものでしたが、前政権はわずかな間に道を見失ったか、おそらくは怖じ気づいたのでしょう。ワイリー・コヨーテにとって、デフレの断崖から足を踏み外さないようにするためには、めったに使わない後付けの羽根をつけ、宿敵ロード・ランナーと同じように羽ばたかなくてはなりません。資産価格を支えるのです。Beep!Beep!
ウィリアム・H・グロース
マネージング・ディレクター
ピムコジャパンリミテッド 105-0001 東京都港区虎ノ門4-1-28虎ノ門タワーズオフィス18階 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号加入協会/ (社)日本証券投資顧問業協会、(社)投資信託協会
ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。
過去の実績は将来の運用成果を保証するものではありません。本資料には、本資料作成時点での著者の見解が含まれていますが、これは必ずしもPIMCOグループの見解ではありません。著者の見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。
債券市場への投資は市場、金利、発行者、信用、インフレなどに関するリスクを伴うことがあり、投資は換金時に当初元本を上回ることも下回ることもあります。地方債による利子収入は税負担を生じさせる場合もあります。米国債には米国政府の完全な政府保証が付与されています。ただし、米国債に投資するポートフォリオは米国政府保証の対象にならず、その価値は変動します。社債には、発行体が元利金の支払い不能に陥るリスクがあります。また社債の価格は金利感応度や発行体の信用力に対する市場の認識、市場の全般的な流動性といった要因の影響により、変動する可能性がありますモーゲージ担保証券や資産担保証券は金利水準の変化に対する感応度が高い場合があり、期限前償還リスクを伴います。また、一般的には政府、政府機関、または民間保証人の保障に裏付けられていますが、保証人が債務を履行する保証はありません。 債務担保証券(CDO)は高水準のリスクを伴う場合があり、かかる有価証券の購入に付随するリスクを理解できる適格投資家に対してのみ販売されます。投資家は投下した資金の一部、もしくは全部を失う可能性があります。また、投資家に対してキャッシュフローが配分されない期間が生じる可能性もあります。CDOへの投資は、デフォルト・リスク、運用リスク、低流動性リスク、およびクレジット・リスクを負うことになります。運用を行う資産の評価額は、組入有価証券等の価格、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況による信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。弊社が行う金融商品取引業に係る手数料または報酬は、締結される契約の種類や契約資産額により異なるため、当資料には具体的な金額・計算方法は記載しておりませんのでご了承ください。
本資料の一部、もしくは全部を書面による許可なくして転載、引用することを禁じます。本資料の著作権はPIMCOに帰属します。 2008年
(注)PIMCOはパシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーを意味し、その関係会社を含むグループ総称として用いられることがあります。