砕け散るピラミッド
私が大学に通っていたのは、はるか昔のことであり、当時の経験は「古代史」と言ってもよいかもしれません。それでも、デューク大学の在学中に学んだ教訓の中には今でもきわめて大きな意味を持っていることもあります。もっとも、それらの教訓はすべて、通常の授業とほとんど関係のないものでした。おそらく、その最たるものが「チケット転売のイロハ」や「ブラックジャックの初歩」であり、さらには「ピラミッド・スキーム(マルチ商法)入門」を挙げることもできるでしょう。最初の2つは私に限った経験かもしれませんが、最後のピラミッド・スキームはハーバードであれ、エールであれ、大学というものが誕生して以来、多くの学生が経験してきたことであり、4年生の2学期になっても、学生寮発のチェーン・メールが回ってきたことがないという学生は、真の大学教育を受けていないといえるかもしれません。私がこのチェーン・メールから学んだことはメールを最後に受取るのではなく、メールの発行者になるべきだということです。つまり、このピラミッド構造においては、裾拡がりの最下層ではなく頂点に位置すべきであり、最下層に位置することは、その大学に最後に残ったカモであり、「お客さん」といった見下された名称を授かることを意味するということです。
いうまでもなく、世界最大の「大学」はウォール街を始めとする世界の金融市場であり、市場で得られる教訓はきわめて高くつく可能性があり、破綻に直接つながる危険性があるものです。過去20年間だけをみても、貯蓄貸付組合とジャンク債、小規模投資家とネット株といったピラミッド・スキームがみられ、現在ではグローバル債券とサブプライムが関わったピラミッド・スキームが存在します。同じような例は枚挙に暇がなく、他にもこうした例を思い浮かべることができるはずです。そして、どのケースでも、うまい話の「親」は投資にはやる幅広い投資家の思惑によって集められた巨額のプレミアムに「目をつぶる」ことができず、ピラミッドは自重に耐えかねて、もしくは新たな投資家が底をついて、崩壊することになります。「教育」を受けるために「学費」を支払う新入生を毎年途切れることなく迎え入れる本物の大学と同じように、今後も新たなピラミッド・スキームが出てくることは間違いありません。
金融、特に現代の金融は銀行を中心としたものですが、現在の金融は証券化資産を使ったピラミッド・スキームとその終わり無き連鎖に加え、残念なことに、影の銀行システムがその中心に位置しています。エコノミスト誌が9月22日号で指摘した通り、銀行も影の銀行も基本的には(以前から存在した)ミスマッチ、すなわち短期で借入れた資金を長期でリスクの高い貸付に回すことを基本としています。当局はこのモデルの欠点を認識しており、流動性と、時に発生する投資リスクとを橋渡しするため、1世紀以上前から銀行に対して十分な割合の準備預金を義務づけてきました。田舎町の小さな銀行家の家庭に生まれた主人公をジェームズ・スチュアートが演じた映画『素晴しき哉、人生』でみられたように、かつて銀行家にとっては取り付け騒ぎを回避するため、十分な準備か現金を手元に保有することがきわめて重要な職務でした。現代の銀行家にとっても、取り付けの回避は重要です。しかし、21世紀の銀行家はいつでも空を見上げて、米連邦準備銀行(FRB)、欧州中央銀行(ECB)、イングランド銀行(BOE)といった守護天使の助けを求めることが可能です。この3機関は最近、合計5000億ドル以上の資金注入を行ないましたが、これは地上か天空かを問わず、準備制度の存在意義が不変であることを物語っています。
ただし、最近のInvestment Outlookで指摘した通り、現在の銀行システムは以前とは全く異質の、本質的にリスクの高いシステムへと姿を変えました。現代の影の銀行システムは従来の制度が義務づけてきた準備預金の積立を巧妙に回避しています。そして、多くの場合、準備というクッションを全く保有することなく、レバレッジによるチェーン・メールとピラミッド・スキームを後押しするものとなっています。そこにはあらゆる金融デリバティブが関わっていますが、その中でも特に責任が重いと思われるのはクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)です。CDS契約の当事者間では定期的にマージンのやり取りを行い、双方の勘定をバランスさせるものの、契約当事者となるコンデュイットはヘッジファンドと同じように、事実上の規制対象外の銀行であり、自らを破綻に追い込む可能性のある「予期しない」重大な取り付けに備えた準備預金の積立義務を負っていません。現代の銀行システムではジェームズ・スチュアートが演じた古き良き時代の良心的な銀行家を見つけ出すことが難しくなっているのです。国際決済銀行(BIS)によると、2007年末時点でCDSの残高は合計43兆ドルに達しており、世界の銀行システムが擁する総資産の半分以上の規模となっています。デリバティブの合計残高は500兆ドルを超えており、その多くはストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)や債務担保証券(CDO)といったコンデュイットのバランスシートに収まり、レバレッジが多用され巨大に膨れあがった影の銀行システムを作り上げています。
このシステムの支持者は「実害なければ問題なし」というかもしれません。理論的にいうと、この巨額のデリバティブ残高の多くはリスク指向の当事者とリスク回避指向の当事者との間のサイドベット、つまり副産物的な結果なのであり、分散効果による安心感は市場全体のメリットとなります。こうした証券化「大量破壊兵器」の発行者と既存の支持者はリパッケージされたローンの10~20%を占めるエクイティ・トランシェと劣後トランシェが引当として機能すると主張するかもしれません。それは確かですが、足元で発生したデフォルトにより、エクイティおよび劣後トランシェは縮小し、それに伴って、ピラミッドの崩壊が始まります。格付機関による格下げにより、一部のCDOは即座に清算される可能性があり、実際にそうした事例が既にみられます。資産担保コマーシャルペーパーのロールオーバーが難しくなったためにSIVが清算され、スーパSIVとしてSIVをリストラクチャリングしようとする誤った試みにつながりました。CDOや、レバレッジを利用した地方債版コンデュイットである「テンダー・オプション債」も、その裏付けとなっているモノライン保険(金融保証保険会社)が格下げされ、Aaaの格付を失うに伴い、ジェームズ・スチュアートが危惧した取り付けに対して、同じように脆弱になっており、今後もそれは変わらないでしょう。
資本水準の低い銀行システムはより慎重な銀行システムに比べて、常にリスクが高くなるため、現代の影の銀行システムからの預金流出は恐るべき帰結を招く可能性があります。次のチャート1は簡単に理解しやすい形で現代の銀行システムと20年前の銀行システムの違いを表したものです。
影の銀行を支える正確なリザーブの金額は算定不能ですが、BISが推計した45兆ドルのCDS発行残高を手がかりとすることができます。2008年の投資適格債とジャンク債全体のデフォルト率が、過去の標準的水準である1.25%に近づくと想定した場合(ムーディーズとS&Pは共にこれに近い水準を予測しています)、5000億ドルのCDS契約でトリガーが発動することになり、回収率を考えると、結果的に、プロテクションを売った当事者に2500億ドル以上の損失が発生することになります。また市場ではCDSによる保険とは本質的に異なるデリバティブ分野であるサブプライム・モーゲージでも同程度の損失が発生するとの予想があります。いうまでもなく、プロテクション売りの反対側では「プロテクションの買手」が「勝ち組」となるわけですが、問題はキャピタル・ゲインとキャピタル・ロスが影の銀行システムの中で所を変えて発生することにより、かなりの損害や衝撃が生じるという点にあります。ゴールドマン・サックスが勝つのでしょうか。そうかもしれません。ゴールドマンのような勝ち組はいいとしても、負け組が再起を期して戻ってくるケースは決して多くありません。カジノと同じように、ウォール街にも今日こそ稼いでやると意気込む新たなギャンブラーが途切れることなく参入していることが必要なのです。しかし、資産担保CPを活用した数兆ドルのSIVは恐竜のような過去の影のシステムの姿をとどめるに過ぎないのかもしれません。SIVが戻ってくる可能性は低いでしょう。モーゲージ・オリジネーターであるニューセンチュリー社はどうでしょうか。ベア・スターンズ傘下のヘッジファンドはどうでしょうか。謹慎が解けていないフレディマックとファニーメイはどうでしょうか。株式売却により新規資本の注入を必要としている銀行と投資銀行はどうでしょうか。こうした参加者はいずれ戻って来るでしょうが、以前のように積極的にリスクを取ろうとする可能性は低いと考えられます。FRBと議会による規制の網はうまく機能せず、監視の目が行き届いていませんでしたが、現在はその力をみせつけることに積極的になっています。これが信用を収縮させ、影の銀行システムからは伝統的な銀行家が恐れた資金流出が発生しています。俳優でもあり、コラムも執筆するエコノミストのベン・スタイン氏にアンフェアな形でやり玉に挙げられたゴールドマン・サックスのエコノミスト、ジャン・ハッチウス氏は、モーゲージ関連の2000~4000億ドルの損失により、2兆ドルの融資が撤回されると推計しています。これが徐々に発生するにしても、ハッチウス氏は「経済活動に対する悪影響は甚大と考えられる」としています。さらに私が推計した2500億ドルのCDS関連の損失と、商業用不動産とクレジットカードで2008年に見込まれる損失を考え合わせると、信用収縮がリセッションにつながることになると考えられます。
ピラミッド・スキームとチェーン・メールは、それを支えるクレジットが利用できなくなると崩壊します。レバレッジを多用した現代の影の金融システムの成長が止まった場合、もしくはこのシステムが限界部分で縮小し始めた場合、それに伴って、経済成長をシステマチックに支えてきたこのシステムの能力に対し、懐疑的にならざるを得ません。21世紀型の「民」の影の銀行の力が低下するに伴い、「公」は低金利や財政赤字拡大の形で、その穴を埋めなくてはなりません。FRBは2008年中盤までにFF金利を3%に引き下げると予想されます。議会とホワイトハウスは手を携えて、低所得の住宅保有者を支援する減税プログラムを導入すべきですが、その実現性は低いでしょう。市場を基盤とし、規制の緩やかな米国流の資本主義は10年近く前に発生したドット・コム・バブルの後に急激に浸透したと考えられますが、この資本主義体制はサブプライム、そして現在の市場でみられる、ストラクチャーも監視もお粗末なデリバティブ・コンデュイットと強く結びついています。金融イノベーションはさらに歩みを進め、場合によっては全く新たな形のイノベーションが起こり、新たな資産市場が誕生し、未開の領域が切り開かれることになるでしょう。しかし、とりあえず、上げ潮はほぼ終わりました。投資の世界の生存者はこれまでとは異なる新たな世界で生きる方法を学ぶ必要があります。その世界では、新しいタイプのリスクと、低いレバレッジ、そしてうまくいけばより高いリターンが待っていることでしょう。
ピムコジャパンリミテッド 105-0001 東京都港区虎ノ門4-1-28虎ノ門タワーズオフィス18階 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号加入協会/ (社)日本証券投資顧問業協会、(社)投資信託協会ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。過去の実績は将来の運用成果を保証するものではありません。本資料には、本資料作成時点での著者の見解が含まれていますが、これは必ずしもPIMCOグループの見解ではありません。著者の見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。債券市場、デリバティブス(クレジット・デフォルト・スワップを含む)と債務担保証券(CDO)への投資は市場、金利、発行者、信用、インフレなどに関するリスクを伴うことがあり、投資は換金時に初期投資費用よりも高くなっていたり安くなっていたりする場合があります。これらの商品を利用し、投資することにより、投資元本以上の損失を蒙る可能性もあります。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の取引には中心となる取引所や市場は存在しないため、取引所取引の商品に比べて、流動性が低くなります。CDO(Collateralised Debt Obligations)やCLO(Collateralized Loan Obligations)CPPI(Constant Proportion Portfolio Insurance)、CPDO(Constant Proportion Debt Obligation)などのストラクチャード・クレジット商品は複雑な投資商品です。こうした商品には高水準のリスクを伴うことが一般的であり、そうしたリスクを把握できる高度な知識を有する機関投資家にのみ、販売されることを想定しています。こうした商品を利用する際には、何らかのコストが発生する可能性があり、さらには流動性リスク、金利リスク、市場リスク、信用リスク、ボラティリティ・リスク、運用リスク、そして最も有利な時点でポジションを清算できないリスクなど、各種のリスクを伴う可能性があります。ストラクチャード商品の市場価値は、経済の変化、金融情勢、政治的環境(スワップの金利及び為替レートを含むが限定されない)、償還、市場情勢、ボラティリティそして発行体の信用力によって影響されます。運用を行う資産の評価額は、組入有価証券等の価格、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況による信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。弊社が行う金融商品取引業に係る手数料または報酬は、締結される契約の種類や契約資産額により異なるため、当資料には具体的な金額・計算方法は記載しておりませんのでご了承ください。本資料の一部、もしくは全部を書面による許可なくして転載、引用することを禁じます。本資料の著作権はPIMCOに帰属します。 2008年(注)PIMCOはパシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーを意味します。