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Investment Outlook
ビル・グロース | 2008年8月
ミルク
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下落する米国と世界の資産市場は、チャーチルによるロシア評、すなわち「不可解さの中のミステリーに包まれた謎」を思い起こさせるものです。フィナンシャル・タイムズ紙は「レバレッジの解消を図っているのは誰か」と問いかけ、「それは私たち全員だ」と答えていますが、報道以外でそれを目にすることは難しく、68億人もの容疑者がいるために、具体的に特定することも困難です。第2次世界大戦の戦費調達のために借入が急増して以来、信用はほぼ一貫して拡大基調を辿り、それをあたりまえと考える投資家は、レバレッジを積み上げた政府機関、銀行、ヘッジファンドが資産売却や資本増強に迫られ、極端な場合には市場から退場を余儀なくされることを飲み込めずにいます。景気循環に伴う信用縮小や、1980年代のボルカー米連邦準備理事会(FRB)議長時代に一時的にデフレ的金融政策が採用された時期を除き、信用は割安な価格で常に利用すること、つまり比較的低金利で借入れを行うことができました。信用と負債による資金調達こそ、資本主義を育んできた母乳だと言えるでしょう。それらがなくても、起業家は取引を進めることができるかもしれません。しかし、貝殻や金の延べ棒を交換手段として利用しながらの経済発展はきわめて困難だと想像されます。それゆえ、政府と現代の中央銀行はインフレの臭いを覆い隠しながら、経済が発展し、雇用が拡大するよう、自国経済に十分なミルク、すなわち信用が供給されるよう最善を尽くしているのです。
 

しかし、母乳、いや牛乳さながらの信用創出は常にあてにできるわけではありません。命の源たるミルクの供給量はほぼ一貫して増えています。しかし、時には牛がお腹を壊したり、牧草がうまく育たなかったりするために、乳の出が悪くなる場合もあります。現在の金融市場はまさにそうした状態にあります。より多くのミルクを求める債務者は必死になって乳を搾ろうとしていますが、取れるミルクはわずかな量にとどまっています。こうした信用供給の減少は事実上、金融市場版の狂牛病であり、命取りになる場合もあるのです。

最終的な説明は、レバレッジや金融デリバティブ、そしてリターンが低下する中で過大なリスクを取ろうとする社会全体の投資家の意思といった多くの要因次第で変わります。ここまでの「牛」つながりの比喩を用いて、単純にこうした脆弱性を最もよく象徴している1つの資産を指摘するとすれば、それは牛舎、すなわち住宅の価格です。住宅価格の下落にはもっともな理由があるという点に関して、異論が出ることはありません。ドナルド・トランプ氏がパームビーチに保有する9,500万ドルの大邸宅はそうではないかもしれませんが、こうした特殊な例を除くと、あらゆる住宅の価格が下落しています。住宅価格が下落している理由は単純です。つまり、過剰に値上がりし、過剰な債務でその資金調達が行なわれたためです。そして、この住宅バブルを膨張させたのが、低い金利水準、ずさんかつ不正もみられた与信、連邦政府や地方政府による規制の不備、そして過去半世紀の歴史から、住宅価格が下落することはないと信じ込んだ大衆でした。これは不可解なものではなく、解明しなくてはならない謎はないと思われます。これは単に出来過ぎたおとぎ話であったということです。

 


ただし、住宅には他の資産クラスと異なり、おとぎ話というよりも悪夢のような雰囲気が漂います。住宅は、キスした途端にハンサムな王子様へと姿を変えるカエルではありません。住宅はカエルのような経済をゴジラのような破壊的な力を持つ怪物へと変身させてしまえるのです。これは住宅が最も借入比率の高い資産クラスであり、他のいかなる資産クラスよりも多くの「市民」投資家によって保有されているためです。米国の住宅市場の規模は総額20兆ドルを超えており、その約5割は何らかのモーゲージ金融、すなわち住宅を担保とした借入れによって支えられています。一見すると、この借入水準は妥当とも思えます。しかし、2004年以降に購入された限界部分の住宅は含み損に転じるリスクに直面しており、こうした住宅の数は約2,500万戸に達します。多くの場合、この「元本割れ」は差押えや住宅放棄をもたらし、住宅の購入か賃借かの選択を迫られる何百万人という20代の若い市民や新たに市民権を得た移民にとって、真似してはならない教訓になることは確実です。ドミノ倒しは毎月進んでいき、チャート1で紹介したケース・シラー住宅価格指数に示される通り、価格はますます下落しています。そして、逃げることのできないこの大波はサブプライム、オルトA(プライムとサブプライムの中間)、そして最後には優良な借入れであるはずのプライム・モーゲージまでも飲み込み、資産デフレは債務デフレへと姿を変えます。PIMCOの推計によると、今や総額5兆ドルもの住宅ローンが高リスク資産に分類され、最終的に、この住宅バブルの墓碑銘に刻まれる累積損失は1兆ドル近くに達することでしょう。金融機関全体のバランスシートから1兆ドルの損失を償却するにあたっての問題は、もし金融機関が十分な追加資本調達を行えない場合、自己資本比率の維持のために資産の売却か融資の縮小、もしくはその両方が必要になることです。これは経済成長に影響を与えることになり、モハメド・エラリアンが恐れる「負の連鎖反応」を引き起こすことになります。



 

1兆ドルというのは途方もない金額ですが、フォトショップによる加工技術が進んだ現代では、専門家の手によって、人でも物でも、何でも見栄えを良くすることが可能です。1兆ドルの損失は確かに問題ですが、評価損の計上を多少ゆっくりしたペースにすることもできるでしょう。あるいは、時価会計が銀行や投資銀行には適していないと主張する手はどうでしょうか。実際のところ、銀行や投資銀行には時価会計が適していないのかもしれません。香港の調査・運用会社ゲイブカル(GaveKal)のアナトール・カレツキー氏は次のように指摘しています。「銀行の本質とは、短期の流動負債を、流動性が低く価値の測定が難しい長期の資産と交換することにある。この流動性と年限の変換こそ、銀行制度が果たしている最大の社会的機能に他ならない」。私を始め、PIMCOのインベストメント・コミッティーのメンバーはこの見解を全面的に支持しています。しかし、モーゲージ・ローンが異臭を放っていることを認めたがらない裏には、早晩住宅価格は底入れし、まもなく上昇に転じるという、これまで当然とされてきた考え方があります。住宅価格がさらに下落する場合、もしくは上がらない場合、ワシントン政界、金融界、そして最終的に産業界までもが問題を抱えることになります。それゆえにポールソン財務長官、そしてコックス米証券取引委員会(SEC)委員長も、それぞれ独立しながらも、連携の取れた形で魔法の杖を振るい、(1)米国住宅市場が回復する十分な時間が得られるまでは銀行や投資銀行株の暴落を回避し、(2)最終的に、米国を代表するモーゲージ融資機関であるファニーメイとフレディマックの連邦住宅公社2社の資本増強を図ろうとしているのです。722日に議会予算局(CBO)が発表した興味深いプレス・リリースによると、連邦住宅公社2社は資産を現在の時価で評価した場合、わずかに資産超過(90億ドル)であるにすぎないとのことです。住宅市場の乳牛をすぐにでも雄牛、すなわち「ブル」に変身させなくてはなりません。

間違いなく、現在解決しなくてはならない難題は、1.2億戸の米国の住宅について、どのようにして価格の下落に歯止めをかけ、上昇に転じさせるかです。しかし、これは言うほど簡単なことではありません。私が知る賢人の1人は、この問題の真剣な解決策を考案したのですが、残念なことに、それは現実味に欠けるのです。彼は政府が100万戸程度の新築住宅と未入居住宅を買い上げた上で、すべて破壊し、更地に戻すことで、この問題は解決可能であり、それ以外に方法はないと言っています。私自身、有効な方法として思いつくのは、次に紹介する方法以外にありません。


これまで、FRBと財務省共同での取り組みは、国内の主要金融機関の安定を維持し、今ある形でそのバランスシートの資本部分を強化し、モーゲージ融資、すなわち住宅を担保とする借入れのコストを引き下げることに向けられてきました。どのような解決策を採るにせよ、この3つはいずれもきわめて重要になりますが、最後のモーゲージ融資のコストの引き下げについて、市場は協力を拒みました。FF金利が5.25%から2%に引き下げられたのですから、本来であれば、モーゲージ融資の価格も同じように低下し、さらには少なくとも住宅価格の下落も緩和されると考えられます。しかし、そうなってはいないのです。チャート2が示すように、30年の政府系モーゲージ・ローンの利回りは20079月にFRBが予想外の利下げを開始した際の水準と比較して、反対に上昇しています。言うまでもなく、それに加え、住宅購入者が現在、購入資金を調達するために支払わなくてはならない手数料や頭金、トータルでみたスプレッドは、以前とは逆に上昇しており、苦境に喘ぐ不動産業者が主張するほど住宅がお買い得ではないことは明らかです。金融資産の価格、そして住宅価格は、投資家が信じるこうした資産の遠い将来の価値を現在の価値に割り引いたものに他なりません。割引率の上昇、つまりこの場合には30年モーゲージ金利の上昇が、予想する住宅価格の上昇を上回る場合、住宅の価格は下落します。現在の住宅金融の「すべて込み」の利回りは過去の金融緩和局面とは対照的に7%超となっており、既存の住宅の割引現在価値を押し上げるどころか、低下させています。可能であれば、住宅を壊してしまうことも悪くないかもしれません。しかし、それが無理だとすると、現在、議会と大統領が検討中の包括的住宅法案によるモーゲージ融資のコストの低下、つまり住宅を担保とする借入金利引下げなどによるコストの低下こそ、正常化に向けた長期的な歩みの第1歩として最適な方法になります。

 

住宅と乳搾りと資産価格デフレの比喩から、大局的な状況に話を戻すと、信用の価格の上昇、すなわち借入れコストの上昇は世界的なレバレッジ引き下げの過程に共通してみられる要素であり、信用の価格上昇がレバレッジの低下を促し、レバレッジの低下が信用の価格を変化させています。信用のコスト、すなわち現在価値に対する割引率が低下すれば、資産価格は下支えされます。株価は急落せず、商業用不動産にさほどの動揺が走ることもなく、ドナルド・トランプ氏も自らの富を大げさに言って回る必要もなくなります(本当にあの大邸宅が9,500万ドルで売れたのだとすると、トランプ氏は米財務省短期証券(Tビル)か政府系モーゲージ債を買うべきです)。しかし、過去の景気サイクルと異なり、信用(借入れ)のコストは低下するどころか、上昇しています。これは、抜け目のない投資家達が、グローバルに存在する多くの不均衡が将来の安定を脅かしている、と認識しているためです。住宅価格だけではありません。1バレル130ドルを超えた原油価格や、その結果として生じている世界的な富と資金の流れの歪みもあります。投資家はさしあたり、高格付資産にとどまるべきです。リスクの高い資産に打って出るのは、住宅価格が上昇する展望が開けてからでも遅くはありません。ただし、そこに至るまでには、牛の歩みのように、長い時間がかかる可能性もあることをお忘れなく。

ウィリアム・H・グロース

マネージング・ディレクター

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