ババ抜き
ベビーブーマー世代に馴染みのあるトランプ・ゲームといえば「ババ抜き」です。「ババ抜き」ではなく、「ジジ抜き」でも良さそうなものですが、そう呼ばれないのは、誰もが想像する通り、トランプ会社の経営者が、昔も今も男だからでしょう。名前がどうあれ、アイゼンハワー世代の子供にとって、ババ抜きは楽しい遊びであり、ほぼ運任せのトランプ・ゲーム「戦争」と違って、驚くほどの技量とプレイヤー間のせめぎ合いが求められます。ババを持っているプレイヤーはこれを他のプレイヤーに取らせなくてはなりませんが、それには様々な方法を駆使して、他のプレイヤーを欺くことが必要になります。金融市場と自壊しつつある金融コンデュイットを巻き込んだ、今日の大いなる欺瞞にはこのババ抜きと共通する部分があります。何よりもまず、ババなど持っていないという素振りをしなくてはなりません。落ち着き払った「何ら問題ない」という表情が必要になることはもちろんですが、その上で左手のプレイヤーに手持ちの6~7枚程度のカードの中からうまくババを引かせなくてはなりません。1つの戦術として、引かせたいカードをカードの束の端に置く方法があります。しかし、常に一番良い結果が得られるように感じられるのは、ババを手持ちのカードの真中に置き、他のカードよりもわずかに高い位置に持つ方法です。つまり、罠を仕掛けるのです。目論見通りに、左手のプレイヤーにババを取らせることができたら、ほっと一息つくことができます。しかし、それも束の間のことであり、次に自分の順番がくれば、ババを持っているかもしれない右側のプレイヤーのカードを引かなくてはなりません。
今日の金融市場はババ抜きによく似た状況となっており、PIMCOの運用戦略を決定するインベストメント・コミッティーでもここ数ヵ月にわたり、このババ抜きへの対応が繰り返し議題となりました。コミッティーでは「誰がババを持っているのか」が幾度となく議論されています。これはババを持っていないことを確認して安心するためではなく、誤ってババを引くことがないようにするためのものです。最初に嫌われ者とされた資産はサブプライム住宅ローンでした。サブプライム・ローンはレバレッジをかけた金融コンデュイットに集められ、このコンデュイットは証券化ストラクチャーにより、もしくはモノライン保険会社による物々しい保証により、AAA格が与えられました。投資家は、手持ちのカードにババはなく、いずれも優良資産であるとの確信を得たと思ったわけです。しかし、時が経つにつれて、整形手術の痕が目立つようになり、過去数年間に大がかりな美容整形手術が行なわれたことが明らかになってきました。整形を受けた資産の多くが住宅ローン(モーゲージ)関連資産であることは確かであり、サブプライムとオルトA(信用度の高いプライムとサブプライムの中間)、そしておそらくは借入水準の高いプライム・ローンもこの中に入ることでしょう。それでも、ババが入っているのは、モーゲージ・ローンで構成されるカードの山の中だと主張する人は重要なポイントを見落としています。それはこのカードゲームを特徴づけているのはレバレッジであって、過去10年間に積極的にゲームに加わったプレイヤーが扱ってきた資産そのものではないということです。サブプライムがニュースになっているのは、ひとえにこれが最初に破綻した資産クラスだったからに他なりません。現在、米国経済は減速し、グリーンスパン前米連邦準備理事会(FRB)議長のいう「失速水準」に達しています。このため、今後は自動車ローンやクレジットカード債権を保有するレバレッジを用いたストラクチャーが新たに注目を集めることになるでしょう。こうした資産の一部もムーディーズやS&Pによって、ぞんざいなコラーゲン注射を受けた「ババ」である可能性を否定できません。
私の説明は、雑誌「ニューヨーカー」に掲載されている、きわめてシリアスな話題を笑い飛ばす漫画のようだと思われるかもしれませんが、その点は大目に見ていただければと思います。人間喜劇を理解するためには、時にそれを笑い飛ばすことも必要なのです。しかし、誤解なきように申し上げると、このババ抜きの説明自体は適切なものであり、PIMCOのインベストメント・コミッティーはババを引かないよう、真剣に取り組んでいます。このゲームでは数十年前の少年達がトランプ遊びによって覚えたものと同じ技が駆使されています。たとえば、ババを持っていないふりをすることです。銀行がこのゲームに参加するようになって12ヵ月近くが経ちますが、ババを持っていることを認めたのはつい最近のことでした。モノラインは手持ちのカードを晒しているでしょうか。そんなことはありません。MBIAのCEOに尋ねれば、MBIAに何ら問題はないと答えることでしょう。そして、「さて、それはそれとして、どうぞカードを1枚、お取り下さい。良さそうな両端のカードなどはどうでしょうか。それとも、真中の頭を出しているカードがよいですか」と迫ることと思われます。ウォール街の銀行や証券会社による破綻価格でのバンク・ローン売却はどうでしょうか。こうしたハラース社やクリア・チャネル社のLBO(レバレッジド・バイアウト)ローンは利益を上げており、「実際のところ、当行が保有する1500億ドル程度のローンは全て優良資産なのです。こうした優良資産を売るつもりはありません。もっとも、額面1ドルあたり、95セントをお支払いいただけるのでしたら話は別ですがね」。誰も損失を出したくないのです。お分かりでしょう。
こうして、このゲームは延々と続いていきます。そして、直近になってこのゲームに加わった資産クラスが入札金利優先証券(ARPS)です。驚くべきことに、この証券の保有者は自分がトランプ・ゲームに参加していることに気づいていませんでした。ARPSの保有者はほとんどが潤沢な資金を有する投資家ですが、ブリストル・マイヤーズなどの著名企業も含まれます。こうした保有者はARPSが短期市場の流動性を備えたAAA格資産であると思い込んでいたのです。この場合、確かに資産のほとんどがAAA格です。しかし、突如として流動性が失われ、期間30日の資産と考えていたものが、30年間償還されない可能性のある資産に変貌したのです。言うなれば、紛うことなきうら若き乙女であると思われた資産の手にはしっかりと結婚証明書が握られており、何としたことか、仮面の下からは「ババ」が現れたといったところです。
しかし、投資家はゲームを非難したり、ゲームを放棄したりするのではなく、次の3つの重要な作業を続ける必要があります。それは(1)「誰がババを持っているのか」を問い続けること、(2)ゲームの経済面および政策面の帰結を理解し、予測すること、(3)資本の収益率と資本の回収率を最大化する(ウィル・ロジャースの言葉にあるような)ポートフォリオを策定すること、です。
(2)について詳述すると、プレイヤーがゲームの続行に嫌気が差し始めていること、そしてグローバルな影の銀行システムにおいて、リスク回避とレバレッジの解消が長期にわたって続くことは明らかであると思えます。融資基準の厳格化、リスク・バジェットの削減、当局による監視の強化はいずれも確実に貸付の伸び率を低下させるものです。たとえば、影の銀行システムが隆盛を極めた数年前、モーゲージ・クレジットの伸び率は年率10%、11%、13%と上昇していきました。しかし、現在は連邦政府当局による明らかな救済の取り組みにも関わらず(その大部分はモーゲージ・クレジットの収縮回避が目的)、住宅着工件数の落ち込みと、かなりの割合の買い手が購入を見送ることにより、モーゲージ・クレジットの伸びが1桁台前半に落ち込むことは確実です。消費者向け融資、そして、重要な点としてGDPの投資側を支えてきた企業向け融資についても、今後同じような傾向が予想されます。
しかし、低い信用の伸びは、低い(もしくはゼロ)経済成長の前触れであり、経済成長が低水準になれば、かなりの期間にわたって短期金利を低く維持することが必要になります。常識的に考えて、米国の成長エンジンを再発進させるには、5%の名目成長率が必要です。私はバーナンキ議長がこの点を理解していると考えています。議長にしてみれば、この5%が3%の実質部分と2%のインフレ部分で構成されることを望むでしょうが、切羽詰まった状況ゆえ、贅沢は言えません。商品価格の急騰とドル安により、事態はさらに複雑化しており、2009年に期待し得る組み合わせとしては、どんなに良くても実質部分が2%、インフレ部分が3%といったところでしょう。そうだとすると、債券投資家としては、数年にわたって低水準、平均して約2.5%程度の短期金利が続く一方で、インフレ懸念と外国中央銀行およびソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)による買いの減少とにより、米国の中長期カーブに脆さが生じると予想しなくてはなりません。債券投資家にとって、インフレ率が3%になることが予想される場合(2008年は2%、その後上昇を予想)、5年物米国債の3%の利回りは決して魅力的とはいえません。同じように、3.8%の10年債や4.65%の30年債も魅力的な投資対象とはいえません。
そこで、先ほど紹介した、投資家がすべき3つのことの第3点目が重要になるのです。将来のインフレが緩やかに上昇することが予想される状況下で、ババを掴んでしまうことはなんとか回避できたものの、代わりに手にした良質の米国債カードの利回りはインフレの上昇に見合わないほど低いとしたら、投資家はどうすべきでしょうか。その答えは、よりリスクの高い資産への移行を、徹底したリスク管理の下に行うことにありますが、その際に厳密に認識すべき重要な点があります。それは、私と共同でPIMCOの最高投資責任者を務めるモハメド・エラリアンが指摘しているように、この移行プロセスでは、ババだけでなく、一見して妥当と感じられる価格水準を大幅に下回ることも多々見受けられるようになった高格付資産をも、技術的に排除することが必要だということです。ミンスキー・モメント、すなわちレバレッジを利用した資産の清算が起きる場面では、上昇局面でみられたシリコンバレーの500万ドルの住宅や5000ドルのNASDAQ指数と同じように、数多くの予想外の下落が発生することになります。エラリアンは答えを見つけるカギとして、まずババを認識すること、そして、同じくらい重要になる点として忍耐とフローの認識が重要であると忠告しています
ただし、私もエラリアンも、債券市場の多くの部分にバリューが戻りつつあるとの見解に異論はありません。投資家が将来のインフレに対する見返りとして5%超の利回りを要求しても、外見を飾り立てたババではなく、伝統的なAAA格資産でそうした資産を見つけられるケースが増えています。政府機関が保証する5.75%のファニーメイやフレディマック・モーゲージ債は、実際の年齢(平均残存期間)が不詳だとしても、美容整形疑惑とは無縁です。同じく、対LIBOR1.25%の利回りスプレッドを提供するSBA(小規模企業向け)政府保証ローンや、額面1ドルあたり95セントではなく、80セント台後半で値付けされているバンク・ローンの一部なども、魅力的になりつつあります。PIMCOは今後も資本主義が続くと考えていますが、この見方が正しければ、投資家は最終的に過去と同じようなゲームに戻ることになり、ことによっては以前よりもゲームは保守的になるかもしれません。ワシントンがモラル・ハザードに関して謙虚になり、住宅価格のてこ入れに動けば、投資家は急いで戻ってくることでしょう。PIMCOはこのより魅力的なリターンが得られるゲームに参加し、いかなる資産クラスであれ、お客様からお預かりした資金の安全性を確保しつつ、魅力的なリターンを提供して参りたいと考えています。ババは必要ありません。整形によるAAAの格付も必要ありません。そしてご婦人方に配慮すれば、ジジも出番はありません。ゲームの名前だけでなく、ゲームそのものが変わりつつあります。ここから先のゲームはババ抜きではありません。
ウィリアム・H・グロースマネージング・ディレクター
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