オバマ大統領への手紙
今月は「オバマ大統領」に一筆啓上したいと思います。言うまでもなく、これはオバマ氏が大統領に当選し(するでしょう)、拙文を読んでくれると仮定しています(読んでもらえないでしょうが)。しかし、仮定や推論は運用マネージャーと切り離すことができないものなのです。それではどうぞ。
親愛なるオバマ大統領:
あなたは前大統領から混乱を引き継いでしまいました。前大統領は、現在とは経済環境が大きく異なる過去の時代の共和党リーダーに肩を並べる存在になることに執着し、富裕層向け減税を重視し、米国民による過剰消費を先導してきました。そして、市場と金融機関への規制強化が必要であったにもかかわらず、規制緩和と自由市場推進の旗を振り続けました。前大統領は8年の任期を通して、一貫性のあるエネルギー政策を実行することができず、さらには、無用にイラクに攻め入り、自由と善意の象徴として世界から寄せられていた米国への尊敬の念は失われました。
もっとも、過去の過ちを今から悔やんでも始まりませんし、この冒頭のくだりを読んで、すでに憤慨し、私が共和党に有権者登録していることを疑い始めている読者も少なからずいることと思います。この混乱を正すために、新大統領であるあなたが何をすべきか、私の思うところを申し上げます。確かなことは、どんな方法を採るにせよ、この混乱を修正するには高い代償を支払わなくてはならないということです。あなたは「Yes, we can」をスローガンに掲げ、大統領選挙を戦ってきましたが、本当に「できる」のか、私には疑問なのです。あなたは公約通り、富裕層に対する税率を引き上げ、低所得者層や中所得者層向けの控除を拡大し、経済的公平性の目盛りを均衡点に近づけることでしょう。給料への税金に対する現在の上限制度が撤廃された場合、私自身は50%近い限界税率を支払うことになります。しかし、私にしても、ニューポートビーチに住む富裕な隣人達にしても、これまでの8年間、十分に「贅沢」をさせてもらったのだからと、納得することでしょう。言うなれば今度はその恩返しをする番であり、税率が上がったからといって、私たちの勤労意欲が低下するわけではありません。レーガン時代に盛んに引き合いに出されたラッファー曲線には一定の妥当性がありますが、それがあてはまるのはきわめて高い税率水準に限られます。サッチャー・レーガン減税が実施される前の懲罰的ともいえる高い税率では、確かに人々の勤労意欲は高くありませんでした。しかし、限界税率が50%やそれ以下に引き下げられると、これは予期していなかった利得となり、高い生産性や労働時間の延長ではなく、派手な消費を後押しすることになりました。しかし、最近では、周囲を圧倒するような豪邸は好まれなくなりました。ニューヨーク・タイムズ紙によると、著名な人々の間では現在、「LEEDハウス」、すなわち「エネルギーと環境に配慮したデザインにおけるリーダーシップ(Leadership in Energy and Environmental Design)」の認定を受けた小型の住宅が好まれるそうです。米国民の環境意識はかくも高くなったということなのです。
いずれにせよ、あなたは税制改革に着手するのでしょう。そして、今やあなたの盟友ともなったヒラリーに舵を取らせ、何らかの形のユニバーサル・ヘルスケアを導入しようとすることでしょう。上院における民主党の勢力は強制採決に必要な60議席には達しないと予想されるため、議事進行が延々と妨害される可能性はあるものの、この多くを成立させたいと願っていることでしょう。さらに、FHA(連邦住宅局)の補助金や低金利の住宅ローンの形で住宅保有者に対して、速やかに救済の手を差し伸べることが必要になります。こうした手段については、過去6ヵ月間、議会で繰り返し検討されてきたものの、依然として、法制化されるには至っていません。1月までに住宅価格はさらに10%程度下落し、かつて日本でみられたような資産デフレが一層勢いを増すことでしょう。しかし、議会は夏休みに入り、9月と10月は選挙戦に費やされます。あなたもよくご存じのように、政治家にとって、最優先すべきは自らの再選であり、住宅保有者は二の次にならざるを得ません。
それでも、税制改革法と医療制度改革法を成立させ、住宅問題を解決し、そのコストはすべて、高い利益を稼ぎ出しているヘッジファンド・マネージャーや石油会社、もしくは、雇用を国外に流出させるのではなく、国内に良質の雇用を生み出す堅調な経済に何とか負担させられるというとお考えかもしれません。しかし、私にはそうは思えないのです、大統領閣下。あなたの言う「Yes, we can」は、ここで「No, we can’t」に変わってしまうのです。堅調な経済と良質な雇用はともかくとして、あなたが意図する政策のほとんどを達成できないと言っているのではありません。問題はその資金を確保することにあります。そして、それは後から明らかになるよりも、今、この時点で認めるべきではないでしょうか。レーガン政権時代の財政赤字急増は、後になって当時のデビッド・ストックマン元行政管理予算局長によって内幕が暴露されましたが、オバマ政権はこうした失態を繰り返さないようにしようではありませんか。あなたはレーガン元大統領よりも賢明であり、あなたの前任者である「キング・ジョージ」のように、事実をねじ曲げるようなことはないと思います。それでしたら、最初から「財政中立」という旗印を下げ、現実に予想される事態を認めようではありませんか。オバマ政権で米国の財政赤字は史上初めて、1兆ドルを超えることになると!
共和党は長きにわたり、あなたを非難し、将来の選挙戦ではあなたに「1兆ドルの財政赤字を作った男」というレッテルを貼ることでしょう。しかし、誰が大統領であろうと、できることは多くありません。あなたが引き継いだのは、資産を基盤とする経済であり、その井戸は、近年のポンジー型の繁栄を支えてきた相次ぐ金利引き下げと最後の貸し手による流動性供給により、ほぼ干上がってしまっています。諸外国は米国債を購入し、これに手を貸してきましたが、低い利回りにドルの下落が重なったことで、そのリターンはマイナスになっています。この茶番の持続性には疑問がありますが、たとえこれが続いたにしても、虚弱な「もやしっ子」を若き日のシュワルツネッガー氏さながらの筋骨隆々とした姿に変身させられるような、劇的な景気刺激効果は失われています。現在、必要なものは財政支出、それも大規模な財政支出です。景気を奮い立たせるには一杯のコーヒーでは足りません。カフェイン入りのスタミナドリンクをまとめて6本飲むくらいの強い刺激が必要なのです。
禁煙に苦しんでおられるあなたに、ここでさらにカフェイン中毒になることをお奨めしているわけではありせん。しかし、経済は5,000億ドル規模の財政支出による刺激策が緊急に必要です。米国経済を景気後退、もしくはそれに近い水準まで悪化させた原因は住宅投資と個人消費の複合的な落込みにあり、それを政府支出によって埋めなくてはなりません。簡単に計算するとこうなります。民間国内総投資(設備投資、住宅投資、在庫投資)は、2006年につけた最高水準から2,000億ドル程度、減少しました。成長率が過去の標準的な水準に戻ったとしても、失業の増加とエネルギーコストの上昇とにより、国内消費はあるべき水準を3,000億ドル程度、下回るでしょう。したがって、伝統的なC(民間消費支出)+I(投資支出)+G(政府支出)の公式からすると(ここでは貿易収支を除外しています)、C+Iが5,000億ドル減少する場合、Gを同じだけ増やし、そのギャップを埋める必要があります。このGは、政府、すなわち大恐慌の後にケインズが提唱した財政安定化装置である財政赤字です。あなたが大統領に就任される前年の2008年には5,000億ドル程度の財政赤字が見込まれるため、この5,000億ドルに今後必要になる5,000億ドルを合計すると、財政赤字は1兆ドルの大台に乗ると予想されます。そして、その時期は2011年前後になることでしょう。これだけの資金を支出するには時間がかかるものです。
日本でも長い時間がかかりました。次のグラフは日本で1980年代終盤に不動産バブルが弾けた後、対GDP比の財政赤字が上昇する様子を示したものです。7年間にわたり、拡大財政政策が取られた結果、2%と相対的に低水準であった財政赤字は、1998年にGDP比10%を超えるに至りました。2011年に米国の財政赤字が1兆ドルを超えるとしても、GDPの6%程度であり、日本に比べると僅かでしかありません。
結局のところ、あなたにせよ、別の政治家にせよ、なぜあえて火中の栗を拾い、2009年に大統領の座に就こうとするのか、私には不思議なのです。それが政治家としての自負なのかもしれませんし、より良い明日への願いがあるのかもしれません。考えてみると、「オバマ大統領」にはそうした響きがあります。あなたの演説を聴くと、この私ですら、あなたの言葉を信じてみようかという気になるのです。
さあ、気合いを入れて、頑張っていきましょう!
ウィリアム・H・グロース
一般市民
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