ダウ5,000ドル再び
またしてもこの話題です。ダウ工業平均株価が8,500ドルから5,000ドルに下落すると予想し、私が株式市場の歴史に名を残してしまったのはわずか6年前のことでした。その後、株価は私の予想とは裏腹に上昇し、2007年10月には14,000ドルをつけました。確かに、(1)他に誰もそう予想できなかったであるとか、(2)私の言ったことは誤解され、文脈を無視して解釈されたのだとか、(3)当時私は働き過ぎで疲れており、家庭に問題も抱えていたとか、(4)リハビリを終えたばかりであったとか、そうしたありふれた言い訳を並べ立てることもできるかもしれません。しかし、最近では包み隠さず全てを認めることが最良の結果をもたらします。そう、あれはすべて、私の誤りであり、全責任は私にあります。本当は、わずか9,000ポイント分、読み間違えただけなのですが。いえ、これはほんの冗談です。
さて、お呼びでないのかもしれませんが、今の私は6年前よりも年を重ね、若干賢くなっていると自負しています。そして今回は、ダウの神様よろしく目標となる明確な水準やタイミングを示すつもりはなく、より概念的なお話をしたいと思います。それでも、これは1つの「見方」を示すものであり、この「見方」に対して、読者の皆様からはご批判や手厳しい評価をいただくこともあるでしょう。タイトルにはダウ5,000ドルと掲げましたが、必ずしもダウ平均が5,000ドルに下落することを予想しているのではありませんし、私は常に正しく、前回は予想のタイミングが若干早かったに過ぎないと主張しているわけでもありません。そうではなく、ここでは株式の評価(バリュエーション)に関するきわめて重要なテーマ、すなわち、認識や評価、そうした要素に対する期待や期待の消失により価格が形成されるという、株式評価の不可解で壊れやすい核心部分について、改めて取り上げてみたいと思っています。さあ、それでは始めましょう。
まず最初に、基礎的な前提を示します。合理的な投資家は例外なく、この前提に同意してくれることと思います。それは、株式投資は長期的に有効であるものの、それは適切な価格で購入した場合に限られるという考え方です。この考え方はきわめて重要な意味を持っています。これは、資本主義が現在も、そして今後もゴーイング・コンサーンであり、リスクを取ることにより、長期的にはそれに見合った報酬が得られる可能性があるものの、実際にその報酬を手にするためには、経済の成長性とその中に占める企業の税引き後利益の割合を的確に予測した価格でリスクを取る必要があることを物語っています。この点を認識した上で、最低限、価格が適切かどうかを確認するため、長い時間の中で有効性が実証されてきた基礎的なバリュエーション指標に注目してみましょう。
その1つとしてQレシオがあります。これは純資産の再調達コストに対する株式市場価値の比率です。Qレシオは資本主義が機能していることを基本的な前提としています。Qレシオが1を上回る場合、市場の価格はその企業を再現するために必要なコストを上回っていることになり、株価は下落するはずだと考えられます。一方、Qレシオが1を割り込む場合、その企業には公開市場で購入するために必要な価格以上の価値があることになり、株価は割安と考えられます。次に示す通り、この比率は短期的に激しく変動するものの、平均回帰する傾向があります。この点はきわめて重要です。つまり、資本主義がゴーイング・コンサーンである限り、Qレシオは1.0に平均回帰すると考えることが可能ということになり、そうだとすると、現在のQレシオは重大な意味を持つことになります。チャート1が示す通り、Qレシオは現在、史上最低に近い水準にあり、特に第2次世界大戦後だけでみれば、間違いなく最低水準にあります。これは株式が極端に過小評価されていることを物語ります。
もう1つの古くからある標準的なバリュエーション指標として、株価収益率、すなわち株価に対する1株あたり利益を示すPERがあります。チャート2は1871年からのPERを示していますが、このチャートからは、米国だけでなく、世界各国の株価がQレシオと同じように、相対的に著しく過小評価されていることが分かります。PERは世界的に低下基調を辿っています。しかし、ここで注意が必要です。卓越した理性を持つエール大学のロバート・シラー教授は、好ましからざる循環性や偶発的な循環性を排除するため、10年の移動平均に注目すべきと警告しています。この方法で測定した場合でも、PERは割安と判断されますが、この場合、PERは過去100年間の平均を僅かに下回るに過ぎず、当初の分析ほど割安ではないということになります。
シラー教授の指摘は的確かもしれませんが、金融システムにおいて、レバレッジの積み上げではなく清算が進む中、将来の経済とその機能を調整するには10年間の移動平均を使う教授のアプローチですら、十分ではない可能性があります。最近のInvestment Outlookで何度か取り上げ、PIMCOのインベストメント・コミッティーと長期経済予測会議でも、過去数年にわたり議論してきましたが、足元で起きている変化は目先1年程度や3-5年といった期間を超えた時間軸で見る必要があります。つまり、これは数10年といった超長期的な性質の変化である可能性が高いのです。私たちはこれまで慣れ親しんだ世界に戻ることはありません。それはニュートンとアインシュタインを同じ土俵で比較するようなものです。この2人の主張はどちらも正しかったのですが、それぞれの法則は全く異なる領域を対象としています。現在、世界では目に見える政府の拳が見えざる手に、規制が市場原理主義的な資本主義に取って代わりつつあります。企業の利益がレバレッジと割安な資金調達、そして他人の資金で無分別に取引を行なう能力によって決まる状況は過去のものになりました。株式投資家にとって新たな世界の幕が開いたのです。この「素晴しき新世界(brave new world)」ならぬ、「脅えた新世界(“sheepish” new world)」では、次のような要因により、QレシオとPERが影響を受け、最終的に今後の株価が影響を受ける可能性があります。
私の超長期的な株式市場見通しは次の通りです。レバレッジと割安な資金調達、そして法人税率の引き下げが支配的な力を誇った、金融を基盤とする経済の視点から株式の価値を評価すると、株価は割安と考えられます。しかしながら、こうした世界は過去のものであり、今後はこれまでとは異なる世界が待ち構えています。規制強化、レバレッジの低下、税率の引き上げ、企業家精神の後退といった要素に慣れなくてはなりません。こうした要素と政府による支援は回復を下支えするものですが、その一方で、民間セクターの生産性の低さを招来する可能性もあります。現在の米国、および世界各国の政策が資産価格の下支えと融資機関の資本増強に焦点を置いている限り、ダウが5,000ドルをつける可能性は低いでしょう。しかし、14,000ドルも遠い可能性でしかないことも確かです。現在、米国政府は銀行資本の約20%を保有しており、それに相応する利益も政府に流れてしまうことを認識する必要があります。株式を保有するよりも社債を保有する方が有利です。この点については、今後のInvestment Outlookで取り上げることにします。
ウィリアム・H・グロース
マネージング・ディレクター