足るを知る
「金持ちというのは君や私とは違うのだよ」。フィッツジェラルドはこう書きました。私もその通りだと思いますが、何が違うのかというと、富裕層には潮の満ち引きのような経済の動きに伴う盛衰があることではないでしょうか。金満の時代はグローバリゼーションやイノベーション、有利な課税政策など、一見したところ捉えどころがないと思える雨期のスコール雲に乗ってやって来ては去っていき、やがてまた、姿を変えてやって来ます。富裕層が真に豊かになり、資産を何倍にも増やすためには助けが必要です。彼らは経済的な波に乗る熟練したサーファーかもしれませんが、どれほど熟練した技を持っていようと、すべてのサーファーと同じように、自らの技量を余すことなく発揮し、たとえ一瞬であっても、自らがその世界を思うがままに操っていると公言することを可能にしてくれる優れた道具が必要です。21世紀のこの金ぴかサーフボードは「プライベート・エクイティ」や「ヘッジ・ファイナンス」という図柄が描かれた、他に類をみないものと思えるかもしれませんが、それは幻想に過ぎません。富は常に、他人の資金でリスクを取る人に集まるものであり、税負担が低い場合には特にそうした傾向が顕著になります。富裕層が実際に一般人とは違うといっても、必ずしも富裕層が社会の規範となるわけではありません。実際に、積極的に富裕層を育もうとする現代社会の風潮が富裕層に対する追い風になっています。
そうだとすると、議会がプライベート・エクイティ・マネージャーやヘッジファンド・マネージャーに対する税率を米国の中間層の大半と同じ水準まで引き上げた場合、こうしたマネージャーに対する適切なインセンティブが維持されるのかという現在の議論は茶番に思えます。そして、シタデル・インベストメント・グループのマネージャーであり、昨年10億ドル以上の報酬を受け取ったケネス・グリフィン氏のような、「(現在の)所得配分が維持される必要がある。税負担が高くなりすぎれば、信条として、私はこれほど一所懸命には働かないだろう」という主張に真実味が感じられなくなります。結構でしょう。しかし、その舌の根も乾かぬうちに、グリフィン氏はニューヨーク・タイムズ紙のルイス・ユキテル記者に対し、金儲けを目論む人々は「富を手にしても、特に満ち足りた感覚が得られるわけではないことを直ぐに知ることになる」と語り、シタデルのチームは「さまざまな問題やこの業務につきものの課題に取り組むことを生き甲斐にしている」と、主張しています。何とも繊細かつややこしい話ではないでしょうか。ウォーレン・バフェット氏のように、米国の最富裕層の平均税率は15%近くである一方、給与所得者であるため、インセンティブの低い一般的な事務職の平均税率がその2倍近くであることを認める方がはるかにまともです。また、チャート1に示されるように、米国の所得のうち、所得水準の高い家計(0.01%)に帰属する割合がこれほど高く(5%)なったことは過去に2度しかないことを認める方がはるかに良いでしょう。そして、バフェット氏の言葉にある「社会は当初、豊かさを重視すべきであるが、いずれ、その豊かさを公平に再配分することに持続的に取り組む必要がある」ことを理解する方がはるかに正常です。
バフェット氏の発言は「いつになれば満ち足りるのか」という議論の根幹をなすものです。イノベーションやグローバリゼーションを育み、後押ししてきたのは確かに米国流資本主義であり、こうした要素は富の欠くことのできない構成要素になっています。この富こそがバフェット氏の言う豊かさであり、満ち足りた状態を生み出すものです。しかし、社会において労働の果実が誤った形で配分され、現在のように、富裕層がますます富む一方で、低中所得層は生きていくことが精一杯という状況になると、最終的にシステムは崩壊することになります。すべての船が潮の満ち引きに合わせて上下するわけではなく、そのためにいずれ中心を保つことが難しくなります。
いうまでもなく、富裕層も反撃に出て、鼻につく形で自らを正当化し、慈善事業への情熱を強調しながら、彼らの富の基盤である社会よりも彼らの方が効率的に富を再配分できると主張します。そうかもしれません。しかし、超富裕層であるビル・ゲイツ氏やウォーレン・バフェット氏のような(賞賛されるべき)例外を除くと、「フォーブス400(米国の資産家400人)」に選ばれる最富裕層とそれを目指す人々による富の再配分の効率性は少なくとも政府機関と同じくらい低く、無駄が多いと思われます。思いつくままに富裕層による無駄遣いの例を挙げるだけでも、子供達のための信託基金や孫達への遺贈、複数の別荘、個人所有の飛行機、何億円もかけた誕生パーティー、地元の美術館やコンサート・ホールに対するエゴ丸出しの寄付など、枚挙に暇がありません。実のところ、私自身も確かに罪深いこのリストの1つを実行したのですが、それでも、最後に挙げたコンサート・ホールや美術館への寄付は見合わせました。アフリカでは何百万人もの人々がAIDSやマラリアで亡くなっているというのに、舞台芸術センターや美術館への寄付を募るために開かれる社交パーティーを正当化することはできません。コンサート・ホールに3000万ドルもの寄付をすることは慈善事業ではなく、ナポレオンの戴冠式を気取った振る舞いだと感じられるのです。
では、いつになれば、もう十分となるのでしょうか。この国の富裕層にとって、満ち足りるということはないため、実に遅きに失したとはいえ、現代の不均衡の修正は政府の責務であることを認める時期が来ています。アメリカン航空の元CEOボブ・クランドール氏は次のように述べています。「私達の社会が所得を公平にする方法は現在よりも税率を大幅に引き上げることである。それ以外に方法はない」。まさにその通りです。21世紀の成金的な富裕層にとっての満ち足りた状態が過剰であることは明らかです。
超富裕層の飽くなき貪欲さが大食漢と表現されるなら、現在のクレジット市場も同じように表現することができ、市場は満腹になっています。借手と貸手はいずれも呑み込むことができる以上のものを頬張っています。そして、コニー・アイランドで行われる有名なホットドッグ早食い競争さながらに、ホットドッグを丸呑みしようとする人々ですら、深刻な消化不良に悩んでいます。何千億ドルものバンクローンとハイイールド債が、ダウを14000ドルに押し上げたプライベート・エクイティ案件やLBO案件が消化されるのを待っています。そして、貸手について、あえて表現すると、食欲はほとんど残っていないと思われます。ハイイールド債市場でキャンベル・スープのCMソングのように強い需要がみられたのはわずか6週間前のことですが、現在では大量の胃薬を必要としています。それに反応して、チャート2が示すように利回りは100~150bp上昇しました。
サブプライム危機は「隔離」されており、他の市場や経済全体に飛び火することはないと言われていたにもかかわらず、潜在的な貸手の投資意欲をそこまで極端に減退させた要因は何だったのか、疑問に思う人もいることでしょう。サブプライムは必ずしも、隔離され、他に影響しないものではありません。ハイイールド債市場の突然の流動性危機は、すべての市場が連動しており、最終的に全市場の価格と利回りは米国経済の行方に左右されることを実証した直近の事例に過ぎません。事実、数週間前になって、ムーディーズとスタンダード&プアーズはようやく重い腰を上げ、数百のサブプライム銘柄を格下げし、その上で、さらなる格下げが行われる可能性があることを示唆しました。サブプライムが「隔離」されているとの考えに立てば、サブプライムの格下げと社債市場との間にいったい何の関係があるのかと思われることでしょう。住宅市場は落ち込んでいるものの、企業収益は絶好調であり、GDPに占める企業収益の割合は過去最高水準に達しています。そして、企業に対する貸手はサブプライム住宅ローンのデフォルトによる影響を受けないはずだ。そう考えられるはずです。しかし、残念ながら、そうではないと思われるのです。
バークレイズ・キャピタルのティム・ボンド氏は数週間前、足元の状態を「借手ではなく、貸手の過剰なレバレッジこそ、システミックな問題の源泉である」と巧みに表現しています。多くの国の低い政策金利と狭いクレジット・スプレッドが追い風となって、貸手は相対的にリスクがきわめて低いと判断したローンについて、そのリターンを最大化するため、レバレッジを利用したストラクチャーを何億ドルも購入してきました。具体的に言うと、格付機関が投資適格格付を付与し、販売時にLIBOR+100bp、200bp、300bpといった高い表面利率を売り物にしていたABS CDO、CLO、CDOといったストラクチャーです。しかし、外国人投資家を中心とする機関投資家の目の前でサブプライムABSセクターが格下げされ始めると、こうした商品の輝きは失われ、投資家はこうした商品から離れていきました。レバレッジを利用したストラクチャーであっても、純粋に企業クレジットだけを裏付けとした商品にも、同様の事態が発生するのでしょうか。率直に言って、ムーディーズやS&Pがサブプライム・ストラクチャーの格付で杜撰な仕事をしていたのだとすると、CLOやCDOでも同じような構造的かつ型にはまった誤りが繰り返されない保証はないと、機関投資家は考えているのではないでしょうか。ベア・スターンズ傘下の2件のヘッジ・ファンドのデフォルトや、それと同じような事態が今後も発生することに対する恐れよりも、格付機関に対する信頼感の低下により、将来の貸出は凍結され、ハイイールド新発債の市場は機能を停止し、瞬き一つしないフクロウのように、まったく何の動きもみられなくなりました。
債券マネージャーは拍手喝采すべきです。何しろ、長年の間、好機をじっと待つだけのフクロウに例えられてきたのは債券マネージャーだったのですから。冒頭で指摘したように、他人の資金でリスクを取る人が常に富を握るのだとすると、近年、その先頭に立ってきたのは、プライベート・エクイティやヘッジ・ファンドのマネージャーです。いうまでもなく、彼らを支えてきたのはグローバリゼーションやイノベーションという、時代を背景とした「季節的」要因であり、それがグローバルな経済成長をもたらし、時として労働者に負担を強いつつ、企業収益と株価を押し上げてきました。しかし、近年ではブラックストーンやKKR、その他のヘッジ・ファンドも、あまりに穏健で受動的なために、積極的姿勢に出ることのできない債券投資家を踏み台にして、富を得てきました。マネー・マネージャーはあたかも、独房の小窓を通して1日3回義務的に配られる日々の粗末な食事を楽しみにしている囚人であるかのように、簡易型コベナンツ案件や低い利回りを受け入れてきました。こうした囚人に、看守である投資銀行家はこう言うのです。「ほら、食べろ。とりあえず食べ物にありつけたことを有り難く思うんだな」。
しかし、近年の粗末な食事によって得られる栄養分では命を維持することができず、また健康に良くありません。何しろ、こうした商品にはコールやPIK、そして、借手が思いのままに資産にレバレッジをかけたり、移転させることを認めるオプションがちりばめられているのです。そして、この栄養分という観点からすると、ハイイールド債のスプレッドは米国債+250bp、もしくはLIBOR+200bpという水準まで縮小しました。単純にハイイールド・クレジットの過去の年間デフォルト率(5%)に倒産時の元本損失率(60%)をかけると、将来のローン残存期間の予想損失率(3%)を導くことができますが、このリスク水準と比較した場合、現在の食事の栄養がいかに乏しいかを実感することができるでしょう。言い換えると、ハイイールドの投資家にとって、L+250bpのスプレッドは資金を寄付しているようなものだということです。
過去数週間でこうした状況は大きく変化しました。格付機関に対する不信感、新規発行市場の機能停止、そしてCDX市場における自明の結果をヘッジするための流動性低下により、ハイイールドCDXのスプレッドは400bp以上に拡大し、バンクローンのスプレッドはほぼ300bp近くになっています。米国市場は新発債のあるべき水準を探るため、今週予定されているクライスラー・ファイナンスとクライスラーの大型かつ重要な発行の販売状況とプライシングに注目していると思われます。同じく大型となる英国ブーツ社の資金調達は欧州の投資家にとっての目安になることでしょう。しかし、レバレッジを活用したエクイティ金融に携わる人々にとって、潮は引いている一方、受動的なフクロウに例えられる債券市場のマネー・マネージャーにとって、潮は満ちてきていると感じられます。そして、ノバ・スコシア銀行に関連したABCP問題の発生を機に、潮は急激に満ちており、結果的に逃げ遅れた投資家には深刻な帰結が待ち受けていることでしょう。割安な資金調達と厚かましいコベナンツによりLBOのリターンが2桁に達する構図は過去のものになりました。したがって、LBOと企業の自社株買いによる二重の影響によって、株価が簡単に下支えされることもなくなるでしょう。この大規模な変化と資金調達コストの上昇は米国経済にとって好材料にはなりません。FRBは短期金利を引き上げることにより、信用を引き締めてきましたが、それでも、今回ハイイールド市場で発生したような、1ヵ月半で150bpもの急激なペースで金利を引き上げたことは、これまでほとんどありません。現在の問題が単に他から隔離されたサブプライム危機であると考えるのであれば、今週のクライスラー・ファイナンスの発行に対し、貸手がどの価格水準とどういった条件で積極的に買いに応じるのかを注意深く観察してください。こうした考えを持つ人々の目を覚まさせ、考えをぐらつかせ、彼らの世界が突如として変化してしまったことを伝えられる可能性があるのは、これ以外にありません。おそらくは、ハイイールドの貸手の受け身の姿勢ですら凍り付いているという点だけからしても、富は再配分されるべきであり、低利回りの形を取った重い税負担は変更されるべきであり、何よりも、もう十分に満ち足りていることが分るというものです。
ウィリアム・H・グロース
マネージング・ディレクター
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