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Investment Outlook
ウィリアム・H・グロース | 2006年12月
現実への目覚め
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                                                   物事が見た目通りであることなど滅多にない
                                                        スキム・ミルクが生クリームに化けている
                                                                                      『軍艦ピナフォー』
                                                                                ギルバート&サリバン

 

現実とはきわめて繊細なものです。映画『ア・フュー・グッドメン』では、法廷に立たされたジャック・ニコルソンが「貴様には真実を思いのままにすることなどできない」と叫ぶ有名なシーンがありますが、人は厳然たる事実を前にしても、大事にしている幻想を守るために自己欺瞞に走ることを、この一節は物語っています。そうでないとすると、OJシンプソンが妻とロン・ゴールドマン氏を殺害していないと信じている回答者が54に達するという、最近のCNNによる調査結果は説明できません。また、サダム・フセインが米国民に大量殺戮兵器を使用する可能性があるとする偽りの申し立てに基づき、米国の100名の上院議員のうち77名がブッシュ大統領にイラク侵攻許可を与えたことを説明する方法が他にあるでしょうか。現実がきわめて繊細なものであり、また、たとえ大多数の人が支持する主張であっても、それが現実を歪ませることがあるとすると、現実の取り扱いに細心の注意を払うか、冒頭に紹介したギルバート&サリバンの一節が警告する通り、生クリームと思ったものが、実際にはスキム・ミルクだったという事態を最低限覚悟する必要があるでしょう。

 

この乳脂肪の真の割合に関する問題は、現在の金融市場においてもきわめて重要な問題です。将来の経済と金融資産価格のボラティリティは過去の数分の一の水準になるとの想定に基づき、プライベート・エクイティから2年物米国債まで、あらゆるリスク資産の価格水準はここ数ヶ月や、数年の間で大きく変化しました。グローバリゼーション、「大いなる安定」、中央銀行の透明性、そして金融技術革新による高度なリスク・ヘッジがもたらすリスクの平準化、といった要因はすべて、現在と将来のリスク・スプレッドが低水準にとどまると目される理由として、引き合いに出されます。こうした明らかな現実の受容は難しいことではなく、現に私自身もそう信じている部分があります。バーナンキFRB議長の「透明性」により、債券投資家が将来のFRBの行動時期をより正確に予期することが可能だとしたら、70年代や80年代のように、投資家がFRBの公開市場操作の意味を推測する以外になかった時代に比べ、2年物米国債のリスク・プレミアムは低くなる筈だと考えることができます。グローバリゼーションに加え、ブラジルを始めとするかつての「エマージング市場」国家との間で成長の恩恵を分配することが、こうした国々の明らかに自律性のあるドル準備の拡大につながるとすれば、こうした国々の債券の対米国債スプレッドは10002000bpではなく、100200bpになる筈だと考えられます。私はこうした新たな現実を受容していますが、その一方で安定が不安定を生み、これまで常にそうであったように、循環的な減速により、それまで生クリームとみられていたものが、瞬く間にスキム・ミルクに変容する可能性についても依然として警戒しています。概念的には、生クリームを入れた樽を可能な限り速いスピードで攪拌させることでバターを作り続けることは可能ですが、実際には、過去の例から、利益と雇用の成長によってリスクが最小化された水準以下に景気が減速すると、バターの生産自体が困難になります。

 

しかし、私がこの点を取り上げた目的は、短期的経済見通しを説明することにあるわけではありません。また、リスク・スプレッドが圧縮されており、潜在的なアルファが低水準にとどまる可能性が高いことを認めた以前のInvestment Outlookの分析を徒らに繰り返すことにあるわけでもありません。OJシンプソン事件の場合と同じように、現実とは異なる避けがたい幻想に捉われる可能性はあっても、ほとんどの人はこうした現実に同意することでしょう。私がこの場で申し上げたいことは、FRBの政策運営の継続的な透明性とグローバリゼーション、そしてスキム・ミルクから生クリームを作り出すことに寄与したと思われるその他すべての要因によって形作られている現在のきわめて良好な状況下でも、一部のリスク資産の価格水準は高すぎるということです。その起点になるのは、資産のプライシング自体が取り扱いに細心の注意を必要とするものであるという認識です。ダウが5000ドルになると予測し、名を馳せてしまった私には、それが身に沁みて分かります。リスク資産の価格は、ボラティリティと成長率に関する想定、そして将来の実質金利や流動性などの推定値によって決まります。変数のリストは無限でないにしても、きわめて多数であることは確かであり、それゆえにプライシングを試みようとすればするほど、それは主観的なものになります。発表されたばかりの情報について、市場はすでに「織り込み済み」であると主張する専門家の意見を聞くたびに、あきれた思いがしますし、読者の皆様もそうではないでしょうか。なぜそうだとわかるのでしょうか。誰にそれを聞いたのでしょうか。たとえ誰かからそれを聞いたのだとしても、OJシンプソンの無罪を54%の人が信じているという事実がOJシンプソンの無罪を証明することになるでしょうか。そうではありませんし、だからこそ投資運用業務はアートでもあり、科学でもあり、そして、有象無象を多少なりとも含んでいるのです。しかし、資産市場の中には、数学的要素を基盤としているために、より確実性が高く、説明可能であることから、有象無象があまり無い部分もあります。20036月にFRBFF金利を1%に引き下げた際には、FRBに利下げ余地が100bpしか残っていないと保証することが可能でした。同じく、日本の10年国債利回りが0.35%になった時には、日本国債の驚くべきブル相場が終わりかけていることを、ほぼ確実に保証することができました。NASDAQ指数の5000ドルはどうだったでしょうか。後から振り返ると簡単ですが、価値の計算が希望という幻想によって歪んでいたため、当時はそう簡単ではありませんでした。下落余地が5000ポイントに限られる一方で、上昇余地は青天井だったのです。

 

債券市場はよりリスクの高い資産市場に比べて数学的要素が強いため、金融市場における確実性と現実の探求の起点が債券市場となるのはもっともなことです。1%のFF金利、0.35%の日本の10年国債利回り、そして、その他にはどういったものがあるでしょうか。こうした過去の例と同じように、現時点で価格の上昇余地やスプレッドの縮小余地がないと断定できるものはあるのでしょうか。PIMCOは投資適格社債市場にそうした兆しが表れつつあるとみています。同市場のスプレッドの縮小はチャート1が示す通りです。

                               

 この場合も、先ほどと同じように、2535bpのスプレッドが0になるだけという、かなり明白な主張を展開することが可能ですが、機関投資家向けに販売されているCPDOConstant Proportion Debt Obligationと呼ばれる新型のクレジット派生商品を定量的に分解することで、精度の高いより優れた分析を得ることができます。すでに数10億ドルが発行されているこの商品を簡単に説明すると、投資適格指数に投資額の最大15倍のレバレッジをかけ、AAAの格付を持ちながらもLIBORに対して200bpのスプレッドを提供する商品です。AAA格の債券は本質的に優良な証券であり、年間デフォルト率がきわめて低水準であると考えれば、CPDOを見逃すわけにはいかないと考えられます。しかし、CPDOに対するAAAの格付は、格付機関による数々の通常よりも多くの主観的想定が入っており、そのために、たとえばGEそう、数年前に物議をかもしたあのGEですを始めとする通常のAAA格よりも、簡単に格下げされる可能性があります。しかし、ここでCPDOを取り上げた意図は、格付機関を中傷することや、GEを賞賛することにあるわけはありません。私の狙いは、PIMCOの定量的モデリングからすると、チャート1に示した現在の投資適格CDXスプレッドがさらに34bp縮小すれば、このCPDOAAA格付を維持できなくなるか、もしくは200bpの魅力的なスプレッドを提供できなくなる可能性があることを示すことにあります。さらに重要なのは、現在の利回りスプレッド近くでレバレッジ倍数を15倍以上に上昇させても、この商品の魅力を際立たせ、そして、過去数ヵ月間のあらゆるクレジット・スプレッドの低下傾向を後押ししてきたAAAの格付や200bpの利回りスプレッドを維持することはできません。言い換えると、少なくともこの特定の分野に関しては、レバレッジの利用を拡大させても、リターンを上昇させる魔法の力は失われたと思われるのです。そのため、投資適格社債スプレッドはこれ以上縮小しない可能性が高いでしょう。このAAA格と推定される「生クリーム」に含まれると考えられる脂肪分は、最良のシナリオとなった場合に獲得できるものに過ぎず、場合よってはスキム・ミルクになってしまう可能性もあるのです。

 

これはきわめて重要な分析です。なぜなら、これを他の資産市場に拡大させると、たとえ経済と金融市場のボラティリティが低水準にとどまった場合でも、近年のレバレッジの勃興がピークに達したことを意味する可能性が出てくるためです。最近発行されたウィリアム・パウンドストーン氏の『 Fortune’s Formula』という本で有名になった、ケリー・リスク分析と呼ばれる方法を適用することにより、この結論に対する確信を得ることができます。ケリー・リスクの枠組みは、私が教えを受けた数学教授であり、友人でもあり、ブラックジャックのカウンティングで有名なエド・ソープ教授がかなり昔に利用していますが、その本質は、勝つ確率が高い賭けの繰り返しに投入すべき資産の割合を定義することにあります。たとえば、ある推定水準を上回る社債スプレッドなど、過去にアルファを生み出してきた取引を踏まえ、どれだけのレバレッジを適用した場合に、投資資金全てを失う確率が優勢になるのでしょうか。PIMCOの定量分析の専門家、スティーブ・シュリストは先日、チャート2に示した分析の概要をPIMCOのインベストメント・コミッティーに提示しました。

 

                             

この分析の結論は、ボラティリティが低く、資産のリスク・スプレッドの狭い現在の状況が続く新時代が到来したとの仮定に基づき、全体としてCPDOを例に挙げた私の主張を裏付けるものとなりました。レバレッジには限界点があり、この例では78倍となっています。これは不気味にも現在のヘッジファンドの一般的レバレッジ水準と一致しています。そして、この限界点を超えると、リターンの維持は資金的損失が生じる可能性を高めることによってのみ可能になります。PIMCOはチャート2に示した通り、現在の市場で、平均的ヘッジファンドが、リスク・プレミアムの平均が50bpの幅広い金融資産に投資して、獲得できるアルファの最大値を200bpと推計しています。すでに8倍のレバレッジをかけているポートフォリオのレバレッジをさらに高めようとすると、重大な損失が発生するリスクが高まり、一部のケースでは投資資金の全額を失う可能性もあります。

 

もっとも、ここで悲観的なメッセージを送ろうというわけではありません。私は、正常な1回の循環的調整を経て、新時代の金融市場が生まれる兆しがあるとの見解をすでに示しています。しかし、限界は近づきつつあります。そして、物体が光の速度に近づくにつれ、物理学者の方程式に質量と時間の歪みが入るのと同じように、価格やスプレッドが旧時代の水準から新時代の見慣れない水準に変化すると、生クリームが突然変異する可能性があります。しかし、これが現実になると保証することはできません。金融市場にもOJシンプソンが潜んでいる可能性があるのです。それでも、レバレッジを引き上げることにより、いずれかの資産、もしくはすべての資産のリターンが向上する可能性は限界に達しており、それゆえに、CPDO、企業クレジット・スプレッド、そしてより重要な点として、すべての市場の将来のリターンに関する度の過ぎた想定は、現在の表面的に高い資産のリターンが生クリームからスキム・ミルクに変質するにつれ、いずれ妥協を強いられる可能性があると強く感じています。

 

ウィリアム・H・グロース

マネージング・ディレクター

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