私の子育ては早々に終わりを告げました。しかし、それでも私が父親であることに変わりありません。私の息子のニックは大学に入学し、9月上旬に家を出て行きましたが、その前の晩まで我が家には若いエネルギーが溢れていたのが(ただし、拘束を破ろうとする10代の負のエネルギーでしたが)、翌日ニックが出て行くやいなや、家の中には初老の夫婦の空気だけが残り、妻と私は「一体どうなってしまったんだ」とつぶやく他ありませんでした。私たち夫婦にとって、子供の巣立ちを終えた第1日目はこうして過ぎ、私たちはこれまでに果たしてきた親としての務めがほぼ終わったことを実感したのでした。これからはここカリフォルニアのラグナビーチに住む私たちに代わって、大学や街中、そして実社会で出会う人々が彼の先生となることでしょう。私たちの最後の子供は、私たちの手から離れて、旅立って行ったのです。
今回と同じ寂しさは、すでに30代前半となっている上の子供たちジェフとジェンが巣立って行った時にも味わいました。つまり、私たち夫婦は私たち流の『子供なしでの生きがいを学び、人生を楽しむ』テキストをすでにある程度書き進めてきたということができます。このテキストの中で、私たちが強くお勧めしたい点の1つは、子供達に対し、私たちが彼らを愛しており、子育てが終わっても、私たちが母であり父であることに変わりはないことを常に言い聞かせる一方で、「子供たちを自由にさせ、そして自分たちにも子供以外のことを考える精神的空間を与えよう」ということです。しかし、子供たちが巣立った後の人生を組み立てるためには、精神的な空間や物理的な別離以外にも必要になることがあります。避けて通ることのできない子供の巣立ちを巡る親の寂しさに関する私の経験と考察からすると、子供が巣立った後も親は自らの幸せをそっちのけにして子供の幸せばかりを願っています。しかし、子供達には残りの人生が60年もあるのに対し、自分たちは20~30年を残すばかりであるという事実を思い起こしてください。優先順位を明確にすること、すなわち自分が第一であり、子供達のことは二の次なのだということを明確にすべきです。さらに言うと、成人した子供達の幸せは親の責任ではなく彼ら自身の責任なのだ、ということを肝に銘じることが重要です。子供が巣立った後に、子供達の成長過程で干渉し過ぎたことや放任し過ぎたことを後悔する親はあまりに多いのですが、子育てにはそのようなことがつきものであり、今更悔いても始まりません。子供が不幸にならないかと心配でしょうが、人間は誰もが知っているとおりに成長するものです。そう、春には芽が吹き、夏には葉が茂り、冬には葉が落ち、そうして時は巡り、子供たちは成長していきます。成人した子供たちを人生の苦しみから解放してあげることはできません。この苦しみこそ、神が人間に与え給うた贈り物なのです。
もちろん、客観的にこうしたことを書くことや、訳知り顔で分析することは簡単です。ダイエット本が多数あろうと、肥満が蔓延しているのと同じことです。子供達が無事かどうか、飛行機が時間通りに到着したかどうか、仕事が順調かどうか、そしてそろそろ孫を授からないかなど、成人した子供達のことばかりに気を揉んではいけないと言うと、あたかも私は常に子供を愛し、彼らの幸せを願っている父親でないと言っているかに聞こえるかもしれません。しかし、そうではないのです。私たち夫婦の子育ては終わったのです。そして、毎晩我が家の明かりを点けるたびに、私たちが優先すべきは遠く離れた子供達のことではなく、私たち自身のことなのだと、妻と私自身に対して常に言い聞かせるようにしています。そうすることで、子供が巣立った後の夫婦の暮らしは充実したものになります。
子育てに関する私のこうした見方は世界共通のものではないかもしれませんが、少なくともこの考え方の核心には太古の昔から息づく精神的な合理性があると感じています。はるか昔から、人は人生の転機に直面すると、物事の真実を発見したと考えてきました。そして新しく発見された真実は長い歴史のなかで進化し普遍的な見方へと変化していくのです。こうした太古の昔からの知恵に比べると、投資は最近の技術に過ぎませんが、投資により利益を得ることにはこの知恵と同じような必然性が存在します。その点に思い至ったのは、レッグ・メイソンのビル・ミラー氏のコメントを読んでいた時です。ミラー氏はポーカーで2度の世界チャンピオンに輝いたパギー・ピアソン氏のギャンブルに関する格言を紹介していました。ピアソン氏はこう語っています。「ギャンブルに必要なことは3つだ。勝つ確率が60対40の賭けを見極めること、資金の管理、そして自分を知ることさ」。思うに、このピアソン氏のルールは私が10年前に著書『Everything You’ve Heard About Investing Is Wrong(邦題:発想の大転換)』の中で披露した私自身の哲学ときわめてよく似ています。ただし、私の考えはブラックジャックとカリフォルニア大学アーバイン校の数学教授、エド・ソープ氏から得たものです。私はこの本の中で、ブラックジャックはディーラーではなくプレイヤーに分があるチャンスを見極め、それに応じて賭け金の大きさを変化させることによって勝つことが可能であり、暗に投資も同じであると書きました。また、1つの章すべてを割いて、投資家個人が目覚まし時計を持ち、人間の性質を知るだけでなく、大衆心理の中で自らの行動を理解することが必要であると説きました。
この投資に関する私の主張は先ほどの子育てに関する主張とは異なっており、実際には正反対ともいえるものです。すなわち、世界共通の真実は本来、世界共通のものです。マーコヴィッツ、ブラック、ショールズの各氏を始め、著名な方々が投資の科学を切り開いてきたことは事実です。しかし投資というものが始まって以来、投資がアート、芸術であることも明白です。優れた投資収益をもたらす証券やシナリオを見つけ出し、リスク・リターンに応じて適切にポジションを配分し、大衆心理と個人心理を変化するゲームプランに組み込む能力が、投資の成功の鍵を握っています。
私がこのInvestment Outlookの中でこう書いた理由は、現時点で、そして短期的および長期的な観点からポートフォリオにアルファを付加する可能性が高いと見込まれる現在の戦略とポートフォリオの投資配分に、私自身とPIMCOのスタッフ、そして関心のある読者の目を向けることにあります。私の3つの投資の鍵は、ある意味で、どのように60対40で勝つ見込みのある投資対象を特定するか、どのようにリスク・リターンを考えるか、そしてどのように人間心理を知るか、といった具体的方法については触れていないかもしれません。フィッシャー・ブラックやマイロン・ショールズ、ハリー・マーコヴィッツといった先駆者たちがこの謎を解くヒントをくれたことは間違いありません。しかし、言うまでもなく、他にも方法は存在します。60対40で勝つ見込みのある投資対象は個別の銘柄選定、マクロ面からのトップダウン分析、もしくはその中間に存在する数多くの方法で特定することが可能です。リスク・リターン分析は収益と損失、そしてそれに付随するボラティリティに対する投資家の許容度によって変わります。この点を説明するだけでも一冊の本では足りないでしょう。しかし、ここでこのレッスンプランを、すでに私たちと皆様のDNAの一部になっていると期待されるPIMCOの運用哲学および運用スタイルから、2つのポイントに簡潔にまとめてみましょう。
現在、PIMCOが60対40の確率で勝つ可能性が最も高いと判断しているのは、FRBの利上げは既に打ち止めとなっており、ここ数年の成長の原動力であった資産価格や住宅市場主導の経済を再度刺激するため、最終的に金利の引き下げを余儀なくされるという、景気循環的なシナリオです。向こう1年程度の間に、インフレ率が横ばいになる一方、国内経済が実質2%、もしくはそれ以下の成長率に落ち込もうとしているため、FRBは2007年のいずれかの時点で短期金利の引き下げに踏み切らざるを得なくなるでしょう。しかし、現段階でその正確な時期と引き下げ幅は不明です。その決め手になるのは米国の住宅市場の動向です。そして、同じように重要であるのは、消費需要を背景とした米国の輸入とアジアの活発な投資支出なしでも、世界経済が成熟していけるのか、ということです。PIMCOは日々、こうした動向を注視しています。しかし、足元ではFF金利が5.25%の状況で10年の米国債利回りが4.65%にあるべき理由が不明である一方、米国の短期セクターのカーブが2007年9月までに40bpsの利下げしか織り込んでいないという事実を、PIMCOはより心地よいと感じています。上記の通り、PIMCOでは“あるべき”利下げ幅については論ずる立場にはありませんが、有名なモンティ・ホールのジレンマに例えていうと、バーナンキ議長の「第2の扉」の向こうに賞品がある確率を見極めるために私たちが支払っているプレミアムは、事実上、短期市場の4.85%の利回りに表される40bpsに過ぎないという事実に満足しています。ほぼ2ヵ月前にスタートした米国債券の上昇相場は依然として初期段階にありますが、この相場に対する最適な取り組みはインデックスを上回るデュレーションと短期セクターへの集中投資です。米国以外の中央銀行は依然として、25bps、もしくは50bpsの短期金利引き上げを意図しているものの、重要な点は世界の債券市場には米国市場に連動する傾向があることです。日本は例外的といえるでしょうし、欧州のカーブの動きは米国と若干異なったものになるでしょうが、PIMCOは基本的に今回も同じような形になると予想しています。
私が投資の成功の第2の原理としているのは、一度に投資する金額を見極めることの重要性です。ポーカー・ゲームの一種であるテキサス・ホールデムのプレイヤーは一度に所持金をすべて賭ける「オール・イン」に出ることがありますが、テキサス出身の債券マネージャーは滅多にいませんし、また、債券マネージャーが、投資資金を単一の戦略に全額投資することなどは決してありません。実際にはその正反対であり、債券マネージャーは極端なほどインデックスに固執し、一般的にはきわめてわずかな正のアルファ、超過収益を生み出すことで満足しています。PIMCOがこの3月に行ったお客様向けの会議における講演で申し上げ、その月のInvestment Outlookの中でも書いたことですが、私のみるところ、債券マネージャーは今後、インデックスに対する固執から心理的に距離を置き、日々のより大きなボラティリティを受け入れることが必要になってくると思われます。しかし、髭を蓄えた私としては最後のものと思われる写真付きで掲載された先日のウォールストリート・ジャーナル紙の記事は私のこうした考えを異なった形で伝えています。同紙は見出しに「リスク」という言葉を使いましたが、私がインタビューの中で断固として主張したのはリスクの変動とパフォーマンスの変動は同じものではない、ということです。債券マネージャーの価値はお客様の資産を守ることにあり、今後もそれは変わらないことでしょう。しかし、アウトパフォーマンスを達成し、手数料に見合った成果をあげ、自らが得るよりも多くの収益をお客様にもたらすことにも債券マネージャーの価値はあるのです。利回りが低く、1桁のリターンしか望めないような運用環境にあっては、債券マネージャーもお客様も、これまでと同様の水準のアルファ、超過収益を獲得する為には、日々のボラティリティの上昇及び、そのなかで運用スキルによってアルファを高めることを容認する、ということを認識する必要があるものと思われます。従って、PIMCOの米国のイールドカーブの短期部分への重点投資と今後のデュレーション戦略はこのような観点からみる必要があります。
子供が巣立ち、子育てを終えた後の父と母の役割を学ぶ場合であれ、投資市場における新たな現実を受け入れる場合であれ、人生に変化はつきものです。ビル・ミラー、パギー・ピアソン、エド・ソープ、そして私自身が考えるように、良い投資というものは3つの基本ルールに単純化することができますが、そのためには変化する市場環境について常に主体的に分析し続けていくことが必要になります。現在の債券市場の環境からは、米国のデュレーションをオーバーウェイトし、変動性は高いものの高いリターンを得られる可能性のある短期セクターに重点投資したカーブ・ポジションが選好されます。PIMCOが「オール・イン」戦略を採ることは決してありませんが、より多くの成果を手に入れるために、我々は日々のボラティリティを上げることをお薦めするのです。
ウィリアム・H・グロース
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