大きさは重要です。バスケットボールの選手やフットボールのラインマンの場合には、体の大きさがものをいいます。年を重ねるにつれて、バスケやフットボールをプレーする機会は少なくなるかもしれませんが、もちろんそれ以外の場面でも大きさが重要になることは少なくありません。なかでも私が特に関心を寄せいているのは、生物界における大きさの意味と重要性についてです。30年前、ランディ・ニューマンは彼の代表曲の1つとなった『Short People』で「小さい奴には生きている価値がない」と歌い、世間を驚かせ、顰蹙を買いました。この歌に対して、背の低い人間は怒りを覚え、背の高い人間はほくそ笑み、世間ではそれまでと同じように身長の高さが好まれました。このランディ・ニューマンの風刺はきわめて過激でしたが、私は彼がこの歌で自分の考えを表現しようとしたのではなく、反対にこの歌を聞いた人に対して考えることを求めていたのだという気がするのです。そうだとすると、この当時だけでなく、おそらくは現在も、ランディ・ニューマンは南部の偏狭な田舎者というよりも、仏教徒の要素を多く持ち合わせた人間なのではないかと思うのです。このあたりで話を本筋に戻しましょう。私が今回取り上げようと思っているのは、人間の身長のことではなく、動物全般についてです。
私はいわゆる動物好きではないかもしれません。過去には何びきもの愛すべき犬達と共に暮らしてきましたし、現在もあえて望んだわけではありませんが、妻が飼っている3びきの猫たちと同居しています。しかし私は根っからの猫好きや犬好きというよりも、彼らと暮らす中で生物の命を尊重するようになってきたのだといえます。つまり、犬や猫に異常ともいえる愛情を注ぎ込むのではなく、あらゆる命を尊重すればこそ、彼らと一緒に暮らすことに喜びを感じ、それゆえに自らも生きる喜びをより強く実感することができるというわけです。
しかし不思議なことに、生物に対する私の慈しみの気持ちは対象の大きさによって強くなったり、弱くなったりするのです。皆さんにも私と同じように、対象の大きさによって好き嫌いがあるかどうかを見てみましょう。まずは大きい動物から始めます。象やキリン、クジラはどうでしょうか。こうした動物には良い印象があるのではないでしょうか。彼らが嫌いだという人はあまりいないことでしょう。彼らは知的水準が高く、優美で長い首を持ち、穏やかな力と強さを象徴しています。こうした動物を殺そうと思ったことがありますか。『白鯨』のエイハブ船長でもない限り、もしくは『グレート・ホワイト・ハンター(卓越した白い狩人)』の名の下にサファリー・ツアー会社でも経営していない限り、答えはノーでしょう。ところが、アリやカタツムリ、イモムシといった小型の生物になるとどうでしょうか。良い印象をお持ちでしょうか。先ほど例に挙げた動物と比べ、好きだという人は少なくなるのではないでしょうか。私を含め、ほとんどの人が深く考えることなく、こうした生物を駆除してきたことだと思います。そう、こうした生物は台所に入り込できたり、庭の芝生や車道に貼りついていたり、なんとも目障りな存在です。クジラの場合には決してそんなことはありません。しかし、大きさがどうであれ、命は命です。私の言いたいことがお分かりになるでしょうか。難しく考えないとわからないという話ではないと思います。それではさらに一歩進めて、あのハワード・ヒューズのように極端になるとどうでしょうか(映画『アビエーター』でその生涯が映画化された大富豪ハワード・ヒューズは、異常なほどの潔癖症だったことで知られています)。手を洗う際に何十億ものバクテリアを殺していることに思いをはせる人がいるでしょうか。私は「アビエーター」ではないので、そんなことを考えもしませんが、この例の愚かさはきわめて重要な点を示しているのかもしれません。つまり、大きいことは重要ですが、こと生物に関する限り、大きさをあまり重要視すべきでないのかもしれないということです。ランディ・ニューマンは同意してくれるかもしれませんが、小さいものであっても、大きなものと同じように生きる理由があるのです。誤解しないでください。私は何も害虫駆除会社を根絶すべきだと主張しているわけではありません。人には大きい動物を愛し、小さい生物のことを気にかけない傾向がありますが、それが私には興味深く感じられると言っているに過ぎません。
経済学の分野でも金融の分野でも、大きさは重要です。金融界でも、政界でも、そして最近では産業界でも、社会保障と高齢者を支えるために必要な将来の債務の規模についてさまざまな議論が交わされています。たとえば、私たちはその債務を負担できるのだろうかであるとか、このシステムはいつ立ち行かなくなるのだろうか(CBOは2052年と試算しています。しかし、ブッシュ大統領の差し迫った口調での演説を聴くと、そう遠くない将来かもしれません)といった議論です。しかし、社会保障制度の破綻に関する議論や、社会保障信託基金に現在、そして将来どれくらいの資金があるのかを取り沙汰する議論はまったく馬鹿げています。これは高齢者とはほとんど関係がなく、むしろブッシュ大統領と彼が掲げる「オーナーシップ社会」を後押しするための議論であり、最終的には彼がレーガンやルーズベルトと並ぶ偉大な大統領として歴史に名を残そうとする彼の試みを後押しするための議論に他なりません。ブッシュ大統領は富裕層に対する3~4%程度の減税だけで、歴史に名を残すことはできません。歴史に名を残すためには、この2期目で思い切った政策を実行しなくてはならず、そのために今、ブッシュ政権はがむしゃらに進み始めたのです。そして再選後に大統領が発して有名になった「政治的資本(つまり国民の支持)」を使う第1段として、社会保障の部分的民営化が提示されているのです。しかし民営化は、オーナーシップの欠如よりも人口構成が原因で破綻しかかっているシステムを救うための簡単な方法として提案されたものなのです。
Research Affiliates LLCのロブ・アーノット氏はPIMCOの資産戦略全般のサブ・アドバーザーとなっていただいている他、ピーター・バーンスタイン氏と共同で、リスクや資産の将来のリターンについて複数の著作を残されていますが、私は社会保障およびメディケア信託基金に対する彼の見方こそ、最も真実に近いと考えています。社会保障システムに積み立て制度を導入することは「基本的に重要ではない」というのが彼の主張です。そして(私自身の言葉で言うと)社会保障給付の裏づけとなる米国債や非公開株が確保されているかどうかも大きな問題ではありません。こうした金融資産には将来の生産に対する予想が反映されています。長い冬に備えてリスが木の実を集めるように、現時点で将来の生産高を蓄えることができるのであれば、米国債にせよ、株式にせよ、金融資産を確保しておくことに意味があるかもしれません。しかしそれは不可能です。将来、ベビー・ブーマー世代が高齢者となった際に、その医療を支えることができるのは、現在の10代や20代の若者、そしてこれから生まれてくる世代だけであり、将来に備えて、今から彼らの活力を蓄えておくことはできません。また食品や交通手段、娯楽にしても、蓄えることができるのは、せいぜいこの先数年分といったところです。こうしたものはそれぞれの世代の現役労働者が、引退し働くことができないとされる世代のために提供しなくてはなりません。そしてチャートIが示すように労働者に対する退職者の比率、すなわち老齢人口依存比率は今後20年間で現在の労働者1人あたり0.2人から0.35人に上昇します。これは国民全体の問題であり、民営化や社会保障基金に大量の国債を寄託することによって解決できるものではありません。こうした証券資産によって財やサービスに対する支出をまかなうことができるかもしれませんが、その資産価値は将来、私たちが購入する財やサービスの量にちょうど釣り合うよう市場で調整されます。そして実質的に財やサービスの量は生産に利用できる労働力と、労働者が労働の対価として求める賃金によって決まります。つまり簡単に言うと、将来の財やサービスを購入するために米国債や株式を売却すれば、その価格は下落する一方、こうした財やサービスの価値は供給が減少する分だけ上昇することになります(インフレーション)。
社会保障と民営化の支持者が間違っているのは、政府、もしくは民間発行の債務がある程度あれば、退職者が消費する財やサービスを魔法のように生み出すことができ、場合によってはそれを拡大することすら可能だと想定していることです。少なくとも米国内に関する限り、そうではありません。生産することができるのは職に就いている労働者だけであり、移民の受け入れや既存の労働者の退職年齢の引き上げにより労働者の数を増やさない限り、基本的な解決はありません。生産性の上昇が解決策になると言われることも少なくありませんが、職のある労働者が将来の権益を黙って退職者に手渡すとは考えられません。出生率の上昇も解決策にはなりますが、現時点では出生率が低下する可能性の方が高いように思えます。ブッシュ大統領がこうした不可抗力にどう対抗するのか、お手並み拝見といったところです。
それでは私たちは現在の生活を謳歌し、その「つけ」をすべて将来の世代に回せばよいのでしょうか。まったくそうではありません。私が主張したいのは、借入を増やしても高齢者となったベビー・ブーマーに対する財やサービスの提供に役立つことはなく、そうした「つけ」を最小化することこそ、問題の解決につながるのだということです。現在の財政赤字、特に外国政府からの借入部分を削減することにより、生産を国内に留めることが可能になり、高齢者に財やサービスを提供し続けることが可能になります。ブラックストーン・グループの代表であり、社会保障に関する著作も数多く発表されているピート・ピーターセン氏もこの考えには同意してくれることでしょう。同じように、赤字の削減は最終的に将来のインフレ率を低下させ、それによって収入が一定である高齢者の負担を軽減し、高齢者が手にする実質的な財やサービスの拡大を可能にします。このため、社会保障を巡る混沌とした状況にあって、ブッシュ大統領が建前上、財政保守主義を優先していることは一筋の希望の光だと言えますが、私はこの問題に関する大統領の誠実さや自制心を信じることができません。
私に言わせると、共和党、民主党にかかわらず、現在の政治家は近視、もしくは盲目です。常識的に考えれば、たとえ入省したての平役人であっても、社会保障(そしてメディケア)の不均衡は人口構成上の問題であって、財政上の資金調達の問題ではないことがわかるはずです。将来の「つけ」の「大きさ」を縮小し、外国への依存度を下げることにより、将来の世代のインフレ圧力を低下させるとともに、財やサービスの国外移転を最小化することができます。またそれにより、過剰な債務負担を抱える場合に比べ、将来の世代が国外の生産力を有効に活用することも可能になります。しかしそれでも老齢人口依存率の上昇を避けることは難しく、米国の労働者人口の「大きさ」は縮小し、将来の退職者の規模は拡大します。この点こそ、最も重要な点であり、危機の可能性を高めている点です。社会保障税の増税に取り組まず(つまり実効的な赤字の削減に取り組まずに)民営化や社会保障改革を図っても、こうした流れを変えることはできません。よく言われるように大きさは重要です。そして社会保障問題の場合には、人口の大きさが何よりも重要なのです。
ウィリアム・H・グロースマネージング・ディレクター
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