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Investment Outlook
ウィリアム・H・グロース | 2004年7月
理想郷へ
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僕らは星くず
僕らは輝ける存在
僕らは、 10 億年の時を経たダイヤモンド
だから、あの理想郷に戻らなくては


クロスビー・スティルス&ナッシュ『ウッドストック』


科学者の目から見た地球は、間違いなく球体です。しかし、神学者の目には、そう映らないかもしれません。コペルニクスは、地球が宇宙の中心に位置し、その周りに神が住む楽園があるという概念を打ち砕きました。また、ダーウィンは、神学的概念としてではなく、過去の事実としてのアダムとイブによる人類創生に、疑問を投げかけました。そして 1970 年代初頭には、多くの学者が、神は 死んだと公言して憚りませんでした。もちろん、これは比喩的表現ですが、そうだとしても、冷淡な、ぞっとするような表現です。そのため、ブラックホールの特異点定理や、 12 の次元を持つひも理論、そして「今、そこにあるが、そこにはない」という幻影を提起する量子物理学など、科学が進歩した現代にあって、たとえ原子レベルの話であっても、人生と死後の世界について、何らかの希望を持たせてくれる科学分野の文献に出会うと、胸のすくような思いがするものです。

作家のビル・ブライソン氏の著作『 A Short History of Nearly Everything 』は、多くの人が一度は疑問に感じたことがある、数多くの科学的問題を解明しています。“ Mighty Atom ”と題された章では、仏教的、もしくはキリスト教的な意味での肉体の超越ではなく、純粋に科学的な見地から、肉体の再生について解説しています。ブライソン氏は、科学者として、人間の命は短いが、誰もが生まれ変わるのだと主張しているのです。「私たちが死ねば、私たちの中で結合していた原子はばらばらになり、別の場所で新たなものを形作ることになる。木の葉の一部になるかもしれないし、他の人間の一部になるかもしれない。霧の滴の一部になるかもしれない。私たちは、それぞれがおびただしい数の原子で構成されており、死によって別の場所で再び生きることになる。ゆえに、私たちの中の 10 億程度の原子は、かつてシェークスピアの一部であったものであろう。また、チンギス・ハーンやベートーベンの一部だったものかもしれない」。ただし、念のために申し上げれば、プレスリーの原子はまだ私たちの中に息づいておらず、私たちの曾孫やその後の世代の中で生きることになります。冒頭で、輝かしき 60 代も終盤に差しかかったデビッド・クロスビーの歌詞を紹介しましたが、結局のところ、彼は正しかったのでしょう。私たちは、エルビスではないかもしれませんが、星くずであり、輝ける 存在なのです。

この発見は、興味をそそるものですが、さらに飛躍して、厳然たる科学的事実を、きわめて抽象的な思考に昇華させない限り、華氏零度以下の水の分子と同じく、単なる事実でしかありません。私が思うに、クロスビー・スティルス&ナッシュは、抽象的事実への昇華に成功しています。それゆえ、この歌は「だから、あの「理想郷」に戻らなくては」と歌っているのです。 60 歳になって、この言葉についてじっくりと考えた時、最初の浮かんだ思いは羨望でした。私は、この年になってやっと手がかりが見てきたところだというのに、なぜ 彼らは、 20 代のうちに、この真理にたどり着くことができたのだろうかという思いでした。これは話しが脇にそれました。話しを元に戻すと、彼らが「戻ろう」と歌った、神学的な理想郷、すなわちエデンの園とはどういったところなのでしょうか。またそれは、星くずとどのような関係にあるのでしょうか。米国の作家であり教師でもあるジョセフ・キャンベル氏は、理想郷とは、調和の保たれた場所であり、 人や 物事の本質に不和が存在しない場所だとしています。そして、ブライソン氏が巧みな形で主張したように、私たちはみな同じ原子からできているのです。それはかつてベートーベンやシェークスピアの一部であった原子であり、ケンタウルス座のアルファ星であるアルファ・ケンタウリの一部、つまり星くずであった原子なのです。この科学的事実を理解することで、私たちは、少なくとも求める理想郷の方角を知ることができます。そして、理想郷を再び見つけ出すことにより、宇宙や物事との調和、そして、それと同じくらい重要な点として、他者との調和を実感することができます。イラクでは、人質が次々と殺されています。理想郷に近いはずのエルサレムやガザでは、人々が殺し合いを続けています。ソマリアやスーダンでは、大量殺戮により、多くの人々の命が失われています。他にも地球上のさまざまな場所で、悲しい戦いが行われています。私たちは、誰しもが星くずであり、輝ける存在であり、理想郷に戻らなくてはならないというのに。

話は変わって、数週間前のフィナンシャル・タイムズ紙に掲載された私たちのインタビューはかなりの波紋を巻き起こしたのではないでしょうか。私たちは、不吉な予言をする占い師と同じように、過去 25 ~ 30 年の中で、これほどまでに不均衡が拡大した時はなかったと述べました( 70 年代初頭のブレトンウッズ体制の崩壊、 OPEC の台頭、米国株の 50 %近い下落に匹敵すると主張しました)。この考え方は、当社が今年 5 月に開催した長期経済展望会議と、先月号の Investment Outlook のテーマ「サーカス(綱渡り)」から直接派生したものです。ただし、調和と、完璧なポートフォリオという最終目的を求めて、投資の理想郷に戻るためには、もう少し詳細な作り込みが必要かもしれません。

現在のほど 経済の均衡が取れていた例は、これまでほとんどなかったと主張するエコノミストや投資家は少なくありません。米国の GDP 成長率は 4 %で推移し、生産性は高く、インフレ率は低水準で落ち着いており、雇用の伸びも高まってきました。確かに素晴らしい状態です。今のところは。私のコメントは、水平線がはっきりと見えている海上で、天気が変われば、金融や経済が行き詰る危険性があることを警告する霧笛のようなものです。しかし、壊滅的被害をもたらすハルマゲドンがいつになるのかを正確に予測することは困難です。人類に備わった不屈の楽観精神は、天候の悪化を先送りにする習性があり、悲観論者の警告は真剣に受け止められず、その精神状態が疑問視されてしまいます。狼が来るぞという警告は、頻繁に発しては効果がなく、またそのタイミングも比較的正確でなければ、効果がありません。私は自らの考えに忠実でいるつもりです。

世界経済は均衡が取れているのか否かという議論に私は一石を投じましたが、この議論の中心部分には、債務の積み上がった経済では、悪いことが起きやすいという根本的な命題があります。 2 種類のガレージを想像してみてください。一方のガレージには、クルマが 2 台収容され、床にはシミ 1 つありません。もう一方のガレージは、さまざまな箱や新聞紙、塗料の缶、油が染み込んだ布が散乱しています。マッチや電気配線の不良により、発火した場合、火事になる確率が高いのは、どちらのガレージでしょうか。この比喩は、負債の少ない健全な経済と、通貨の創出や人為的な低金利に依存した経済とを比較する場合の経済的な比喩として適切なものです。現実に、マッチや配線不良により発火する可能性は、常に存在するのであり、過去の例がそれを証明しています。 OPEC の台頭や、ベトナム戦争、米同時多発テロ事件といった地政学的な出来事は、常にインフレ的傾向を帯びており、時にはリセッション要因となるケースもありました。そして、こうした傾向や、それ以外の独立した循環的傾向に対処するための財政政策と金融政策の誤りが、被害を拡大させました。 FRB 議長であれ、再選を目指す大統領であれ、判断上の些細な誤りや、時には重大な誤りをおかしてしまう可能性と無縁であった例はありません。たとえば、金利水準が、必要以上に長い間、高すぎる場合もあれば、低すぎる場合もあります。また景気サイクルの中で、最悪のタイミングで、財政赤字になる場合もあれば、財政黒字になる場合もあります。しかし、地政学的な出来事、もしくは政治的な出来事により、シミ 1 つないガレージの床にマッチが落とされたとしても、それが大惨事につながる可能性はほとんどありません。ところが、油の染み込んだボロ布が散乱する、債務まみれのガレージの場合、その確率が変わってきます。次のチャートは、前回の Investment Outlook でも引用したものですが、これは、人類の犯した大罪であり、経済的繁栄と魅力的な運用リターンをもたらす理想郷へと戻ろうとするにあたっての、最大の障害を描き出したものだと言えます。

その理由を分かりやすく説明すれば、債務は、株式とは対照的に、償還時の元本支払いと定期的な利払いが必要であり、債務が過剰になると、 地政学的な出来事や政策の誤り、もしくは、たとえばインフレ率の上昇など、その他の想定可能な要因によって、利回りが上昇した場合に、負担に耐えきれなくなるからだと言えます。さらに、 債務の期間構成や分布に偏りが生じても、問題が生じます。個人や企業、場合によっては国家の破綻の多くは、資金的裏づけのある長期債務ではなく、短期債務が過剰になることで、引き起こされてきたものです。そして、債務を保有する債権者が、自らの利益のみを求める債権者ではなく、慈悲深い債権者であることが重要になります。かつて米国民は、財政赤字の拡大を目の当たりにして、「自分に対する債務である」と言い切り、自らを納得させようとしたものです。 1930 年代が、まさにこうした時代でした。この時の債務は、第二次世界大戦時に上限金利が導入され、戦後もそれが続く中、インフレが発生し、自然に消滅しました。しかし、連邦債務の 50 %以上を、国外の債権者が保有しているとなると、このやり方は通用しなくなります。 GDP 比 5 %に達する米国の貿易赤字に現れている世界的な経常収支の不均衡は、ドルの下落が、「投資」に対し高い為替調整後リターンを求める国外の債権者をなだめるための、理に適った対応となることを意味しています。 そしてドルが大きく下落したり、下落速度が速い場合、もしくは大幅かつ急速に下落する場合には、その波紋は経済面と金融面で同じように広がる可能性があります。

先に述べた金利上昇も、同じように、不安定さを招く可能性があります。現在私たちが享受している循環的な繁栄は、金融を基盤とし、債務の積み上がった経済における低金利の効用によるものであること、そして金利の反転は、その反動によるダメージと世界的に経済が不安定になること避けるため、慎重に進める必要があることを考えると、安穏とはしていられません。この世界的という言葉は、単に比喩的な意味で用いたわけではありません。現実には、 ECB を除く世界の主要な中央銀行のほぼすべてが、巨額の債務とそれに伴うリスクに満ちた状況で、金融政策の転換をすでに開始したか、もしくはその準備に取り掛かっています。英国では、すでに金融政策委員会が、投機的な住宅価格の上昇を冷やすために、利上げを進めています。しかし、住宅価格は短期金利の動向にきわめて敏感に反応するため、短期金利が高すぎる水準まで上昇してしまう可能性もあれば、低すぎる状態に留まってしまう可能性もあり、英国の国内経済は、そのバランスの中で揺れる可能性があります。日本は、ゼロ金利政策の解除が検討されています。しかし、先行きは不透明です。あれほど多くの政府債務を、国内の銀行や保険会社が保有しているため、日銀が性急に動けば、 JGB 価格の下落と金融機関が保有する資産の評価額の下落により、日本の金融セクターは実際に破綻に追いやられる危険性があります。日本にとって、新たな頼みの綱である中国では、国内の短期金利引き上げと、ドルに対する人民元の最終的な切り上げが問題となります。中国の銀行は、過剰な問題債権を抱えており、これを支えているのは、移り気な資本から伸びるたった 1 本の細い糸に過ぎません。そして FRB です。先月末の利上げは、終わりの見えない旅の始まりに過ぎません。住宅市場だけでなく、米国企業の金融業務による収益(次のチャートが示す通り、全収益の 40 %)が、危険に晒されています。そして、これは株式市場や株式の PER 、そして富、すなわち通貨を基盤とする繁栄に影響を与えます。そして、こうした点の先行きは、ここ何年かの間に積み上げた過剰な債務のコストが、低水準にとどまるかどうかで決まります。

こうした状況は、表面的な低金利局面で発行された、過去に例がないほど多くの債務を基盤としており、だからこそ、過去 25 ~ 30 年の中で、世界経済が今ほど脆弱であったことはないというのが、私の判断です。そして、それを基に、 経済と投資に関して、次のような結論を導くことができます。実質金利が低すぎる水準に据え置かれれば、資産バブルが発生し、インフレが加速します。実質金利が必要以上に高くなれば、資産バブルが弾け、リセッションが発生します。相対的な安定を得るためには、ゴルディロックな利回り、すなわち最適な利回りが必要になりますが、許容される誤差は、これまでよりも大幅に小さくなります。 この考えを支持する債券投資家は、自らのポートフォリオの構成が不安定であることを認めなくてはなりません。インフレの加速は、ディフェンシブなデュレーションと、 TIPS への適度な投資を意味します。しかし、いずれかの時点で発生する可能性のあるリセッションは、長いデュレーションと、デフレに対抗することを目的とした、過去 24 ヵ月間と同じ金利政策が再び採用されることを意味しています。 グリーンスパン議長の発言は、より中立的な金利政策へ回帰することを目的とした、緩やかで慎重な利上げを指し示していますが、彼を始めとする世界の中央銀行総裁は、債務が積み上がった世界経済では、「中立」の金利を見極めることは困難であり、不確かなものであることを認識する必要があります。「金融と金利」の理想郷は、どこかに存在します。しかし、そこにたどり着くことは、調和に満ち、他者への愛に溢れた神学的なエデンの園に戻ることと同じくらい難しいのかもしれません。


ウィリアム・H・グロース
マネージング・ディレクター

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