(ドル安‐原因と結末)
スノー財務長官とグリーンスパン議長はついに避けられぬ運命を受け入れました。豪快なスラム・ダンク・シュートを決めようとするシャッキー・オニールに相対し、体を張ってブロックするのではなく、なんともお淑やかに、そして周りから気づかれぬように、そっと道を譲りました。ただし、ここで叩きつけられるのはバスケのボールでなく、ドルなのですが。これまでも、そして現在もドルは下落しており、これからも下落を続けるでしょう。借入に依存し、バランスを失った米国経済を正常化するための逃げ道として、米国にとって最も簡単な方法がドル安だからです。財政収支の均衡化はどうかですって?忘れてください。利上げにより金利を過去の標準的水準に戻すというのはどうでしょうか?それも忘れましょう。スノー長官は「市場に任せよう」と言います。グリーンスパン議長は長官に同意し、いずれ諸外国の貸し手は米国債を買うことにこれまでほど熱心でなくなると警告しています。議長としては、おそらく諸外国の貸し手の「根拠なき熱狂」が若干ながら醒めると思っていたのかもしれません。しかし議長がもうその言葉を使うことはありません。そして市場で人気を集めている取引、すなわちドルのショートがさらに人気を集めることはほぼ確実であり、おそらくはいずれこの取引も「根拠なき」水準に達することでしょう。そこには何やら危機の匂いがしてきます。
現在の状況に至る過程については、このInvestment Outlookを始め、さまざまな文献で分析されていますが、私を含め、年齢のせいで物忘れがひどくなってきた方のために、もう1度おさらいしておくと、結局のところ問題は米国の過剰消費にあります。米国民は食べ過ぎであり、飲み過ぎであり、デーブ・マシューズ・バンドの曲のタイトルのように「トゥー・マッチ」、すなわち「行き過ぎ」なのです。そして米国はその過剰消費の支払いを借入でまかなっており、世界の余剰貯蓄の80%を吸収しています。その間、米国の対外収支の赤字は徐々に増え続け、GDPの6%に達しました。これは米国にとって過去最悪の水準であり、金融危機に見舞われた第3世界の国々に匹敵する水準です。この不均衡を容認してきたのは、対外収支が黒字となっている国、つまりアジア諸国です。この関係は奇妙な重商主義的ファウスト風取引だと言えましょう。つまり、現時点で中国と日本に対して景気拡大の恩恵を約束する代りに、両国は下落するドル建ての米国債から発生する将来の損失を受け入れる取引であり、対価なしに手に入れることができるフリーランチがないことや、夢見心地の楽園の後には厳しい苦難が待ち受けていることを改めて証明することになります。
一部には、債務国と債権国との間で出来上がったこの上手い取り決めは長期にわたって持続するとの声もあります。債務国、債権国双方の希望が適い、米国は消費を続け、アジアは生産を続けることができるのだから、どちらにとっても手を引く理由はないという主張です。これまでのところ、中国の地政学的関心は国内に向いているため、インフレが落ち着いている限り、いつでも好きな時に人民元の為替レートの調整に踏み切れる柔軟性が確保されています。日本は軍事的に米国の傘の下にいる上、引き続きデフレ圧力と戦っており、円安に対する強い希望があります。「ダーティーフロート」、すなわち管理変動相場制は日本の為替政策の代名詞であり、それは今後も変わらないでしょう。このように、中国にとっても日本にとっても、今すぐにこのファウスト的取引から手を引く動機は見当たりません。一方、債務国側に目を移すと、米国の「買い続けられなくなるまで、どんどん買いましょう」というスタンスに変わりはありません。ただし、これまでは「買う」ことばかりが強調され、「買い続けられなくなる」ことについては都合よく忘れられてきました。しかし、現在の与える側と受け取る側、消費国と生産国との間の快適で和気藹々とした関係が何らかの理由で破綻すると、「買い続けられなくなる」事態が発生します。唯一の問題はそのタイミングです。グリーンスパン議長が巧妙に指摘した通り、「最終的に国外の貸し手は米国に対して、さらに融資することを嫌がるようになり、ドルの一段安が引き起こされる」事態はいずれ発生します。議長は口にしませんでしたが、そうした事態が発生すると買い続けることが不可能になり、ショッピング・モールへ出かけることが楽しみではなくなります。その時こそ、米国のインフレ率が徐々にではあっても必然的に上昇する時であり、言うまでもなく、金利が危険な方向に向かう時です。
スノー財務長官とグリーンスパンFRB議長が現実にこうしたドル安政策を後押ししていることが奇妙だと思われるのであれば、彼らは最終局面を見据え、危機的状況の発生を回避しようとしているのだと説明することができるでしょう。つまり、対外収支が悪化して本当の危機が発生する前に、現段階でドルの下落を容認する方が良いというわけです。私もそれに異論はありません。そして冒頭のパラグラフで触れた通り、この問題に対するドル安以外の解決策は、想像し得ない「絵空事」に過ぎません。米国民が以前のように自発的にせっせと貯蓄に励む習慣を取り戻すと期待することは難しく、特に雇用がこれほど弱い上に、株式にせよ、住宅にせよ、過去に例を見ないほど多くのキャピタル・ゲインを生んだ資産が依然としてコストを上回っていることを考えると、想像することすら困難です。同じように、ブッシュ政権が、社会保障制度改革など、目標に掲げる大胆な政策の実現を目指しつつ、均衡財政への取り組みを積極化する可能性は高いとは思えません。楽観主義者は、諸外国の成長率の上昇による米国の輸出拡大が逃げ道となると主張しますが、常にインフルエンザに侵されているかのような欧州の体質は変わっておらず、日本はゼロ成長に戻りつつあり、中国はソフト・ランディングの道を模索しています。
私はここでドルを下落させ、速やかに人民元を切り上げることが、均衡の取れない米国と世界経済を再び均衡させるための第一歩として、最も簡単な手段だと考えます。金融市場のこれまでの歴史を見ても、これはきわめて現実化する可能性の高い予想であり、NASDAQが5000ドルに上昇するとか、ジョージ・ソロスが英ポンドを暴落させると予想するよりもはるかに現実味のある話です。ドルはアジア通貨に対して下落します。ただし、このInvestment Outlookを書いている間にも強烈なショート・スクイーズが発生しないという訳ではありません。また一部の通貨(ユーロ)に対して、ドルが割安だというわけでもありません。
ではこうした予想から収益を得るにはどうすれば良いのでしょうか。私は、自分の経済予想について自信ありげなPIMCOのポートフォリオ・マネージャーに対し、「君たちはGDP先物に投資できるわけではないだろう。予想を実際の運用に反映させるとどうなるのか」と聞くことにしています。読者の中には、この騒ぎに参加してドルをショートすることが可能な方もいらっしゃるでしょうし、現にそうしている方もいることでしょう。PIMCOもドルをショートすることは可能ですし、小さな金額でドルをショートしてきました。しかし、お客様がPIMCOに期待されるのは為替取引ではありません。為替市場の変動は30年のゼロクーポン債よりも激しく、場合によっては日々のパフォーマンスや1年間のパフォーマンスを台無しにし、お客様の信頼を裏切ることにもなりかねません。ドルの下落が金や商品価格に与える明らかな利点はありますが、その点はさておき、このInvestment Outlookでは債券に注目すべきでしょう。そこで、どの債券を買い、どの債券を売るべきか、いくつかの具体的なアイデアを示します。
1) 対ドルでのユーロ高が続く限り、米国債よりもブンズ債を選好すべき理由があります。PIMCOは先日ポジションを一部減らしましたが、それでも、ドル安がもたらすインフレ効果とユーロ高によるディスインフレの効用を踏まえ、ブンズ債、もしくはユーロ圏の債券を選好していることに変わりありません。PIMCOの試算では、ドルの実効為替レートが10%下落すると、その後24ヵ月間に米国のインフレ率は0.5%程度上昇します。対ドルでのユーロ高はユーロ圏にプラスのディスインフレ効果をもたらしますが、ドルがユーロの実効為替レートに与える影響は、ドル安が米国のインフレ率に与える影響に比べて小さいため、ドル安による米国のインフレ率上昇分と同じ幅でユーロ圏のインフレ率が低下するわけではありません。しかしチャートⅡに示した通り、ユーロが現在の1.30の水準にあると、短期的なインフレ格差は最大で0.75%に達する可能性があります。アジア諸国が自国通貨の為替レートを管理してきたことで、ユーロは度を越して上昇してきました。そのため、中国が人民元を切り上げた場合には、ブンズに対して慎重になりますが、それは何ヵ月も先のことになるでしょう。 2) TIPSに投資すべきです。以前に米国のリフレ的傾向について取り上げた際、そう申し上げました。ドルの下落はリフレのためのあらゆる手段の中で、おそらく最も明示的に定量化できるものであり、先ほど紹介したように、ドルの実効レートが10%下落するとインフレ率は0.5%上昇すると推計されます。短期のTIPSでは、ほぼこのままの割合でドルの下落のメリットを享受することができ、5~10年の中期のTIPSでも、短期物ほどではないにせよ、そのメリットを享受することができます。 3) 米国債には慎重になるべきです。警告すると、国際収支を取り巻く環境には、計測不能な奇妙な捩れが存在します。貿易赤字という厄介な問題があるために、外国の民間機関や中央銀行が現在のペースで米国に融資し続けることはないというグリーンパン議長の見解は適切ですが、強い影響力を持ついずれかの債権国が米国への融資を打ち切り、逃げ出すまで、赤字の拡大が金利を低下させる可能性があります。よく考えてください。米国民が輸入品を購入するために支出したドルは、(今のところ)米国債の購入という形でほぼ全て米国に還流してきています。つまり短期的に米国の輸入が拡大するほど、米国の出費は少なくなるわけです。まるでバーゲンでたくさんの買い物をした家内の言い訳を聞いているようですが、外国の債権者が長期の米国債の購入を続ける限り、この分析は的外れだとは言えません。中長期の米国債を購入することは、米国経済における財政面、金融面の安定に対する信頼を反映しています。そうした信頼が低下すると、外国人が買ったドルは米国債から翌日物預金に形を変え、早く手放そうとする動きが顕在化することになります。その時こそドルの下落は本格化し、対外赤字は2~3%の水準に向けて減少し、中長期の金利はさらに上昇しやすくなります。この不条理な状態を要約すると、いずれかの主要な債権国が手を引くまでは、対外赤字の悪化が金利低下につながるプラスの効果をもたらす可能性があるということです。別の言い方をすると、米国の金利水準の命運を握っているのは外国人の厚意であり、外国人が米国に背を向けた時には、米国金利に対するエクスポージャーを持つべきではないということです。私はそうした時が間近に迫っているのではないかと考えていますが、それを決めるのは中国であり、日本です。
1) 対ドルでのユーロ高が続く限り、米国債よりもブンズ債を選好すべき理由があります。PIMCOは先日ポジションを一部減らしましたが、それでも、ドル安がもたらすインフレ効果とユーロ高によるディスインフレの効用を踏まえ、ブンズ債、もしくはユーロ圏の債券を選好していることに変わりありません。PIMCOの試算では、ドルの実効為替レートが10%下落すると、その後24ヵ月間に米国のインフレ率は0.5%程度上昇します。対ドルでのユーロ高はユーロ圏にプラスのディスインフレ効果をもたらしますが、ドルがユーロの実効為替レートに与える影響は、ドル安が米国のインフレ率に与える影響に比べて小さいため、ドル安による米国のインフレ率上昇分と同じ幅でユーロ圏のインフレ率が低下するわけではありません。しかしチャートⅡに示した通り、ユーロが現在の1.30の水準にあると、短期的なインフレ格差は最大で0.75%に達する可能性があります。アジア諸国が自国通貨の為替レートを管理してきたことで、ユーロは度を越して上昇してきました。そのため、中国が人民元を切り上げた場合には、ブンズに対して慎重になりますが、それは何ヵ月も先のことになるでしょう。
2) TIPSに投資すべきです。以前に米国のリフレ的傾向について取り上げた際、そう申し上げました。ドルの下落はリフレのためのあらゆる手段の中で、おそらく最も明示的に定量化できるものであり、先ほど紹介したように、ドルの実効レートが10%下落するとインフレ率は0.5%上昇すると推計されます。短期のTIPSでは、ほぼこのままの割合でドルの下落のメリットを享受することができ、5~10年の中期のTIPSでも、短期物ほどではないにせよ、そのメリットを享受することができます。
3) 米国債には慎重になるべきです。警告すると、国際収支を取り巻く環境には、計測不能な奇妙な捩れが存在します。貿易赤字という厄介な問題があるために、外国の民間機関や中央銀行が現在のペースで米国に融資し続けることはないというグリーンパン議長の見解は適切ですが、強い影響力を持ついずれかの債権国が米国への融資を打ち切り、逃げ出すまで、赤字の拡大が金利を低下させる可能性があります。よく考えてください。米国民が輸入品を購入するために支出したドルは、(今のところ)米国債の購入という形でほぼ全て米国に還流してきています。つまり短期的に米国の輸入が拡大するほど、米国の出費は少なくなるわけです。まるでバーゲンでたくさんの買い物をした家内の言い訳を聞いているようですが、外国の債権者が長期の米国債の購入を続ける限り、この分析は的外れだとは言えません。中長期の米国債を購入することは、米国経済における財政面、金融面の安定に対する信頼を反映しています。そうした信頼が低下すると、外国人が買ったドルは米国債から翌日物預金に形を変え、早く手放そうとする動きが顕在化することになります。その時こそドルの下落は本格化し、対外赤字は2~3%の水準に向けて減少し、中長期の金利はさらに上昇しやすくなります。この不条理な状態を要約すると、いずれかの主要な債権国が手を引くまでは、対外赤字の悪化が金利低下につながるプラスの効果をもたらす可能性があるということです。別の言い方をすると、米国の金利水準の命運を握っているのは外国人の厚意であり、外国人が米国に背を向けた時には、米国金利に対するエクスポージャーを持つべきではないということです。私はそうした時が間近に迫っているのではないかと考えていますが、それを決めるのは中国であり、日本です。
それがいつ発生するにせよ、ドルが下落し、結果的に米国の金利が上昇することが避けられないことは確かです。ドルの下落はインフレ率の上昇につながり、最終的に外国の債権者は米国債を買い続ける妥当性と自らの判断の確かさに疑問を持つようになります。この取引を実行するために、「行き過ぎた」知性は必要ありません。それよりも、この取引が収益を生み出すきわめて確実な投資機会となるのを、じっと待つ忍耐力が必要なのかもしれません。
ウィリアム・H・グロースマネージング・ディレクター
ピムコ ジャパン リミテッド105-0001 東京都港区虎ノ門4-1-28虎ノ門タワーズ オフィス18階 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号加入協会/ (社)日本証券投資顧問業協会、(社)投資信託協会ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。過去の実績は将来の運用成果を保証するものではありません。 本資料には、本資料作成時点での著者の見解が含まれていますが、これは必ずしもPIMCOグループの見解ではありません。著者の見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。債券市場の各セクターへの投資にはリスクが伴います。米国政府により発行されているインフレ連動債(TIPS)は元本価値がインフレ率に定期的に調整される債券です。従って米国政府は償還時の元本価値がその時々のインフレ率に調整されることは保証するものの、インフレ連動債及び同債券を保有するポートフォリオの市場変動による時価価値への影響はその保証の範囲内ではありません。また、外貨建て証券に対する投資には、為替の変動や政治的、経済的な不透明感などのリスクが伴う上、新興成長市場への投資にはかかるリスクが増大することがあります。運用を行なう資産の評価額は、組入有価証券等の価格、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況による信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。弊社が行う金融商品取引業に係る手数料または報酬は、締結される契約の種類や契約資産額により異なるため、当資料には具体的な金額・計算方法は記載しておりませんのでご了承ください。本資料の一部、もしくは全部を書面による許可なくして転載、引用することを禁じます。本資料の著作権はPIMCOに帰属します。 2007年(注)PIMCOはパシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーを意味します。