ファンション・モデルの美しさにはつい目を奪われてしまいます。彼女たちは皆、スリムで理想的な体型をしており、彼女たちが身にまとう服は翌年の流行ファッションになります。しかし高級ファッションとは大いなる見せかけの世界であり、モデルは客引きの役割を果たしつつ、ファッションショーのステージの上から、「口惜しかったら私みたいな『勝ち組』になってごらん」と身振りで示しているのです。しかし実際には『勝ち組』に入ることはほぼ不可能です。ニューヨークの新進デザイナー、ジェフリー・チョーの作品にフィットする体型の持ち主となると、18 歳から23 歳くらいの女性だけでしょうが、この年齢の女性達にとって彼の服は手の届かない高嶺の花です。反対に、彼の服を買うことができる女性は皆、30 歳を過ぎ、既に子供がいたり、食べすぎによって彼の服が合わなくなっています。それでも秋物コレクションの次には春物と、まるで何か非常に重大なことでも起きているかのように、この見え透いた芝居は続いていきます。ニューヨーク・タイムズには2005 年のファッション・シーズンは「エクニック指向の人工的なわかりやすさを示し、9 ・11 後の第3 段階に入ろうとしている」という、目を疑うような記事が掲載されました。洋服に関する記事のはずなのに、これではまるで、21 世紀の地政学における文化的多様性についてのコラムか何かのようではありませんか。
失礼しました。もちろん女性のみなさんを少しからかってみただけです。女性が高級ファッションに身を包んで幸せな気分に浸ることができるのと同じように、我々男性も、実用性を無視して自分のクルマをスポイラーで飾り立て、タイヤ・ウォールには大きく白地で「Goodyear 」とペイントしています。NASCAR やインディー、F1 などのレーシングカーの外観がいずれもそうなっているのです。先日リッチモンドで開催されたNASCAR レースではジェレミー・メイフィールドがダッジを駆り、見事優勝を飾りましたが、彼のマシンと同じダッジが手に入らなくてもそれは問題ではありません。ダッジは毎年チーム・トヨタを打ち負かしているのだから、ダッジは素晴らしいクルマであると多くの人が信じ込むわけです。そう、これは見せかけだけの欺瞞であり、きわめてアメリカ的な宣伝手法です。多くの場合、こうした広告は人々の目を欺き、ファッションであろうが、クルマであろうが、政治であろうが、人々はそれを信じ込んで支出をするという悪循環が続くことになります。要するに、1000 万ドルの広告費用を使えば、ベトナム戦争時のジョン・ケリー民主党候補の軍功に偽りがあると信じ込ませることができるのですから、どんな話を売り込むことも可能だということです。これに対する私の提案は、次の政権(どちらが選ばれても)が改選後の議会(誰が選ばれても)と協力し、米国内のすべてのTV に対して、TIVO (米国で圧倒的なシェアを誇り、ユーザーがTV 番組を一時停止したり、「巻き戻し」や「再生」することが可能なデジタル・ビデオ・レコーダー・システム)を設置することです。その昔、フーバー大統領は「あらゆる鍋にチキンを」という標語を選挙スローガンに掲げました。これをもじって、私は「すべてのリビングルームにTIVO を」と主張することにしましょう。TIVO をすべての家庭に設置してしまえば、CM を飛ばすことが可能になり、見せかけに目を奪われることはなくなります。ただしスーパーボウルの時には話が別ですが(今年のスーパーボウルの放映時には、その最中に起きたジャネット・ジャクソンのハブニング・シーンを再生しようとするTIVO ユーザーの数が通常の3 倍以上になったと伝えられています)。高級ファッションや、見せかけだけの高級車、そして「大いなる見せかけ」よ、さらばというわけです。そうなるとTV 番組にスポンサーがつくのかという問題が生じますが、その点についてはいずれ考えることにしましょう。いかがでしょう、大統領選挙では、ブッシュ大統領 でもケリー民主党候補 でもなく、私に投票してみては!
しかし米国民が低水準のインフレという幻想を信じ込まされている件に関して言うと、TIVO はその力を発揮できないでしょう。「インフレは落ち着いているのだ」と客引きは叫んでいます(もちろん、食品とエネルギーを除いたコアの場合です)。「コア・インフレ率は2 %丁度の水準にある」。こう叫ぶ客引きの表情には喜びも窺えます。それは、低いコア・インフレ率が、マイナスの実質金利を伴う金融政策と4000 億ドルの赤字を伴う財政政策を今後も持続可能なことを意味するためです。そして低いコア・インフレ率は、米国の生産性が世界で最も優れており、ドルは強さを維持する可能性が高く、あらゆる市場が上昇していると見せかけることができます。ガソリン価格が1 ガロン2 ドルを超えようが、牛乳の価格が1/2 ガロンで3.69 ドルになろうが関係ありません。コア・インフレ率は2 %なのですから。しかし、先日のウォール・ストリート・ジャーナル紙に紹介されていた44 歳のセールスマン、トッド・ヘフト氏が言う通り、本来は「誰もが食料品を買わなくてはならないし、通勤にはクルマが必要です。そのため、食品とエネルギーを除外して考えることは、非現実的です」。それでも海兵隊のスローガンよろしく、低インフレに対して「常に忠実に」にあろうとするからでしょうか、コア・インフレ率ばかりに注目が集まっています。
ただし私は、コアCPI やコアPCE を重視している人々だけを批判しているわけではありません。ヘドニック・アプローチを用いた品質調整を支持する人にも言いたいことがあります。それは、こうした調整こそが欺瞞なのだということです。政府は、過去12 ヵ月間にある商品の価格が上昇しない一方で、その商品の品質が改善された場合、その価格は実際に下落したとみなしています。これはなぜでしょうか。政府が数多くの商品を品質調整の対象にすると、すぐにでもバーナンキ理事の定義したデフレに回帰してしまう可能性すらあります。たとえば、WSJ によると、デスクトップ型とノートブック型を合わせたパソコン価格は過去10 年間に年率8 %のペースで下落してきました。しかし、パソコンの演算能力は向上し、記憶容量は増えているため、それを反映したヘドニック調整後のパソコン価格は、1997 年以降、 年率25 %もの下落となっています。パソコン価格が毎年それほど大きく低下しているのであれば、コア・インフレ率が2 %を下回るのも不思議ではありません。しかし思い出してみてください。皆さんがコンピュータを購入した際の価格は、1 年前より25 %安くなっていたでしょうか。おそらくそうではないでしょう。支払った代金は1 年前と変わらないのではないでしょうか。価格は変わらず、記憶容量がヘドニック調整分だけ増え、結局は増えた容量を持て余しているだけではないでしょうか。政府は、コンピュータだけでなく、自動車や耐久消費財の価格にも調整を加えていますが、この手法を下着や靴下にも拡大することは難しいと考えているようです。しかし、次に狙われるのはそうした商品かもしれません。政府はいよいよ国民の下着にまで手を伸ばすようになるかもしれません。
実際に政府が行っている欺瞞を立証するためには重要となるのは、ヘドニック調整の大部分が、グリーンスパン議長の掲げた「ニュー・エコノミー」という考えを支持・強化するためにこの調整が必要になったわずか数年前に導入されたばかりであるという事実です。クリントン政権が品質調整済みのインフレ統計を発表し始めたのは1990 年代のことですが、98 年になってこの調整がコンピュータに適用されるようになりました。現実の物価動向を正確に反映したインフレ率の算出という観点からすると、これは間違いなく最大の後退です。それ以降、BLS はこの調整法を音響機器や映像機器、洗濯機や乾燥機、DVD 、冷蔵庫、そしてなんと大学の教科書にまで拡大してきました。現在、ヘドニック調整の対象となる製品は、米国のCPI において46 %のウェイトを占めるようになりました。PIMCO の計算によると、ヘドニック調整や、同じくディスインフレ的な性質の代替効果を除外すると、グリーンスパン議長のお気に入りのインフレ指標であるPCE は、1987 年以降、毎年0.5 ~1.0 %高くなったはずだと考えられます。これは、本当のインフレ率は発表された数字よりも高く、実質成長率は反対にその分だけ低くなることを意味しています。
次のチャートは、ヘドニック調整された数字と、ヘドニック調整されなかったと想定した場合の数字を比較したものです。
ピーター・バーンスタイン氏は最近の Economics and Portfolio Strategy 誌の中で、痛快な主張を展開しており、その他にもジム・グラント、スティーブン・ローチ、マーシャル・アウワーバック、キャロライン・バウムをはじめとする多くの人が、この大勢とは異なる見解を支持しています。バーンスタイン氏は、1990 年以降、全体のCPI インフレ率は年率2.7 %でありながら、ヘドニック調整された耐久財価格の年間上昇率は、わずか0.1 %になっている指摘しています。BLS の発表によると、過去12 ヵ月間に非耐久財価格は4.61 %上昇した一方、品質調整されたコンピュータ、クルマ、冷蔵庫などの価格は、なんと1.25 %の下落になったとされています。驚くべきグリーンスパン流の魔術ではありませんか。耐久財だけに注目すれば、日本のように金利を0 %に引き下げ、もう1 度市場を押し上げることも可能になるでしょう。
さらに「代替バイアス(ビッグマックからチキンナゲットに需要が移ると、統計にそれが反映されるよう、BLS が調整すること)」を排除すると、格差はさらに広がります。代替効果を強く支持するエコノミストは、この点についてもう1 度良く考えるべきです。牛肉の値段が下がれば、需要は鶏肉から牛肉に移るものの、牛肉の値段が元に戻ると、再び鶏肉の需要が高まるとすれば、この一連の需要の移動は、最終的な需要の置換や相対価格の変化が生じないにもかかわらず、表面的にPCE を押し下げることになります。なんたる欺瞞でしょうか。
こう考えてくると、1つの疑問にぶつかりますが、愚か者やいわくありげな変わり者見られることを恐れ、理性的なマネー・マネージャーやエコノミストは誰も口にしてこなかった疑問です。それは、なぜ米国政府とFRB は、ヘドニック調整や代替効果を国民に押し付け続けてきたかという疑問です。政府やFRB はそうすべきではないことを理解している上、 米国以外にこれほど露骨な例は見られないというのにです。愚か者やそれ以下に見られないことを祈りつつ、この疑問に対する私の解答を示すと、FRB に2 つの使命、すなわちインフレ率を低く保ちつつ、生産活動を高水準に保つという使命が課せられていることがその理由だと思われます。ヘドニック調整や代替効果は、この2 つの使命を同時に達成することに可能にする魔術です。この魔術が、穏やかなインフレと懸念されるインフレの両者を分かつ魔法の数字である2 %のインフレ率と、3 %を上回る実質成長率を可能にしています。成長率が3 %のハードルを超えることは、高い生産性が持続していること意味すると同時に、株式市場が健全であり、ドルは強く、グリーンスパン議長の残してきた成果が何ら色褪せていないことを意味します。確かにグリーンスパン議長がBLS を率いているわけではありませんが、彼がヘドニック調整された指標を強く支持していることは明らかです。こうした数字は 議長にとって都合のよいものかもしれませんが、政府の発表する経済指標が示すほど実際の価格が低下しているわけではない、クルマやラップトップ・コンピュータ、携帯電話を買うために給料をやりくりしている人にとって不利益となる数字です。
また、欺瞞に満ちたヘドニック調整や代替効果は、毎年計上される巨額の赤字に苦しんでいる上に、労働者の老齢化が進み、近いうちに社会保障受給者の大量発生が予想される政府に都合の良いものです。インフレ率に小細工を施すだけで政府の負担は軽減され、向こう数十年間に節約できる金額は合計数千億ドルに達する可能性があります。もちろんこうした調整は、社会保障の 受給者だけでなく、消費者物価の正確な計算が生活に大きく影響する民間の年金受給者にとっても不利になります。また米国の物価連動国債TIPS の購入者や保有者にも不利になります。TIPS は、不完全かつ不正ともいえる形で算出されたCPI に対して連動せざるを得ず、その結果最終的にTIPS の保有者が受け取る金額は1 年間に数十億ドルも少なくなる可能性があります。そして、外国の中央銀行や他の機関を含め、すべての米国債の保有者にとっても不利になります。米国債の保有者は、インフレ率を上回る実質リターンを得ているという誤った想定をしている上に、たとえて言えば、つい先日野党議員を「女々しい奴」と恫喝して騒ぎになったシュワルツネッガー知事の1980 年頃の姿にも似て、ヘドニックの魔法によって素晴らしい数字に仕立て上げられた成長率と生産性を根拠として、ドルは強いという誤った想定をしています。
この点について、私は黙って見過ごすわけにはいきません。また先ほど指摘した通り、他にも著名な方々が過去数年間にこうした政府のやり方に異議を唱えています。政府が算出するCPI は意図的な謀議の産物ではないかもしれませんが、信じやすい国民を欺く政府による不適切な行為であることは間違いなく、政府職員はこの行為に対し見て見ぬふりをしているか、その存続にはモノの取引ではなく金融市場がきわめて重要となるニュー・エコノミーにおいて、当然必要となる調整を進めているのだと信じ込んでいるのでしょう。CPI が政府の発表する数字ほど低く、そのために実質賃金が上昇しているとすれば、なぜ米国の消費者は消費を続けるための方策を、ホーム・エクイティ・ローンによるキャッシュアウトに求めているのでしょうか。また実質GDP 成長率が政府の発表する数字ほど高いのであれば、なぜ米国経済は過去4 年もの間、雇用を創出することができないのでしょうか。その理由を高い生産性に求める人もいるでしょう。しかしそれは統計上意味をなさない、ヘドニック魔術が作りあげた虚像と言えるかもしれません。私の感覚では、本当のCPI は公式発表よりも1 %程度高く、実質GDP は1 %程度低くなります。今、私たちが目にしているのは「大いなる欺瞞」です。しかし見栄えのする経済指標は、外見の美しさを誇るファッション・モデルと同じように、いずれ化粧がはがれ、体重も増えてしまい、最終的には、一時の流行を追いかけることよりも、他にやるべきことのある、コットンのスカートをはいた中年の女性たちのように、本質的な美しさが問われることになるでしょう。 彼女たちが、インフレは落ち着ついているとの見通しを基に国債を保有しているとすれば、その一部を売って換金することをお勧めします。特に 10 年債利回りが4 %近くに低下した現在は、その絶好の機会ではないでしょうか。
ウィリアム・H ・グロースマネージング・ディレクター
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