影の銀行システムとハイマン・ミンスキーの経済過程
この原稿は、6月にイスラエルのテルアビブで予定されている講演の土台になるものであり、米CFA協会から出版される『Voices of Wisdom: Understanding the Global Financial Crisis(賢人の声――世界的な金融危機を理解する)』の一部として収録される予定です。
ミンスキーや影の銀行システムに関して、過去数年に執筆した論文を基に本稿を再構成するにあたり、協力してくれたPIMCOマーケティング・コミュニケーション・グループのマリアン・シェーバーには特に感謝しています。
現在の金融危機に対する答えを探すにあたり、明白であるのは、グローバル金融システムを目も眩むほどの高みへと押し上げ、その後、システミックな危機という深みにつき落とすのに、創造的な金融が多大な役割を果たしたということです。しかしながら、金融はどのようにして、ここまで創造的でありえたのでしょうか? 規制を受けた銀行システムの中でそうなったのではありません。規制を受けた銀行は、政府の後ろ盾というセーフティーネットと引き換えに、厳格な規制に従わなくてはなりません。金融がこれほどまでに創造的になったのは、「影の銀行システム」の台頭によるものです。「影の銀行システム」は、合法的とはいえ、銀行規制の枠をほぼ完全に外れた存在でした。この影の銀行システムが主導して、史上空前ともいえる融資ブームが起こり、ブームが破裂すると史上稀に見る深刻な金融危機に陥ったのです。
こうした経緯を理解する上で、おそらくもっとも明快な枠組みがハイマン・P・ミンスキーの著作にあります。ミンスキーは20世紀半ばのアメリカの経済学者ですが、金融不安定化の性質に関して彼が打ち出した理論には恐ろしいほど先見性があり、影の銀行の台頭と凋落、そしてこの数年の世界の金融システムのめまぐるしい動きを的確に説明しています。
影の銀行システムの性質と起源
2007年にジャクソン・ホールで開催されたFRBの年次シンポジウムで、私は「影の銀行システム」という言葉を作り出しました。規制を受ける伝統的な銀行と違って、規制を受けない影の銀行は、預金保険の対象にならない短期資金を自力で調達しており、最後の手段は真の銀行からの与信枠になります。しかし、与信枠は確保されている場合もあれば、されていない場合もあります。こうしたレバレッジ比率の高い仲介機関は、通常の銀行規制のレーダーには映らないところで活動しているため、FRB(米連邦準備理事会)の窓口貸し出しやFDIC(米連邦預金保険公社)の預金保険を利用できない影の部分で活動することになります。
過去10年あまりにわたって、影の銀行が魅力的だったのは紛れもない事実です。銀行が従来の銀行業務モデルを最大限活用するうえで、ノンバンク、つまり影の銀行になることほど旨みのある方法はありませんでした。そして実際、銀行は群れになって、投資銀行、コンデュイット、ストラクチャード・インベストメント・ビークル(SIV)、ヘッジファンドなどといったレバレッジを効かせた投融資主体を運営しました。銀行間貸し出しやCP(コマーシャル・ペーパー)などの無担保債務や、リバース・レポや資産担保コマーシャル・ペーパーといった担保付き貸し出しなど、預金以外の市場で資金を調達することにより、それは可能になりました。そして、ほとんどの影の銀行は、常にというわけではありませんがたいてい、FRBの窓口貸し出しを利用できる伝統的な銀行に依存していました。
影の銀行と規制当局および格付機関との関係
影の銀行は、真の銀行と同様の政府のセーフティーネットにアクセスがないため、レバレッジ比率や予備的な流動性の規模、投融資の種類などに関する規制を免れていました。確かに、影の銀行は、政府の流動性供給にアクセスのある銀行の預金と「同等の信用」であるとの主張を、短期資金の出し手に信じてもらうために、ある種のお墨付きを必要としていました。そして都合のいいことに、格付機関は影の銀行から手数料と引き換えに、すぐにもそのお墨付きを与えうるという立場にありました。ムーディーズやS&Pは、影の銀行のCPにA-1やP1といった格付けを付与し、それをMMF(マネー・マーケット・ファンド)が購入することになりました。こうした構造が、本質的に不安定であるのは言うまでもありません。格付機関は、革新的な商品を格付けする際に避けられない問題に直面します。こうした商品には、景気循環の全般にわたるパフォーマンスを判断できるだけの過去の実績データがないのです。
要するに、影の銀行システムは、FRBの規制の及ばないところで、レバレッジと流動性リスクを爆発的に拡大させたのです。レバレッジを効かせた劣等生を天才に仕立て上げる点で強気相場ほど最適なものはありません。
影の銀行 対 伝統的銀行
銀行(そして、ゴーイング・コンサーンとしての資本主義)を存続させるために必要に迫られ、目下、ケインズ流の未曾有の公的支援策が実施されていますが、資本主義経済では通常、民間セクターが銀行システムを運営することを望みます。銀行は民間企業として、利潤を追求して商業ベースでの投融資を行いますが、FDICの預金保険とFRBの窓口貸出制度という2つのセーフティーネットにはモラルハザードがつきまとうことから、納税者の被る損害を最小化するために、プルデンシャル規制の下でという条件がつきます。しかしながら資本主義者は、その習性として、最小のプルデンシャル規制の下で、当局のセーフティーネットを最大限に活用することを好みます。だからといって反道徳的なわけではなく、資本主義者であるに過ぎません。
過去30年あまりにわたって、当局の規制を受けた正式な銀行以外の「銀行業務」が爆発的に拡大しました。そして、こうした資金調達手段が、銀行預金と「同等の信用がある」との見方が受け入れられている限りは、すべてがうまく行きました。現在の世界的な金融システム危機の根源に影の銀行があるのは間違いありませんが、なぜそれがこれほど肥大化したかについては、ケインズが本質的かつ経験に基づいた答えを教えてくれます。答えは、時とともに強化された慣習的な見方にあります。影の銀行の債務が、伝統的銀行の預金と「同程度の信用がある」と見なされていたのは、実際そうだからではなく、過去にそうだったからです。そして、こうした慣習的な見方は、当局と当局のお墨付きを得た格付機関によって擁護され、煽られました。言うまでもありませんが、2007年8月に資産担保CP市場で流動性が枯渇したのを皮切りに、2008年3月にはベア・スターンズが瀕死状態に陥り、2008年7月にはファニーメイ(連邦住宅抵当公社)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)が事実上国有化され、そして2008年9月にはリーマン・ブラザーズが実際に死を迎えることになり、こうした慣習的な見方は崩れ去りました。ひょっとすると、過去にも現在にも、真の銀行には、影の銀行とは違う特別な何かがあるのかもしれません。そして、それが紛れもない事実であることは、影の銀行システムが再び、当局の支援する伝統的な銀行システムによる金融仲介に部分的に頼るようになったこと、残された影の銀行が伝統的銀行と同じ公的資金の注入と流動性支援を受けるために、かつては退屈に思えたこの業態への転換を急いだことを見れば明らかだと思えます。
影の銀行に光をあてたミンスキー
爆発的な拡大から惨憺たる壊滅に至るまで、影の銀行システムがたどった経路は、経済学者のハイマン・P・ミンスキーにとっては、見慣れた光景に過ぎなかったかもしれません。ミンスキーは1996年に他界していますが、彼の教えと論文は今日なお反響を呼んでいます。ミンスキーは、ケインズをはじめとする多くの先人の研究を基に、金融不安定性の理論を構築しました。その理論は、影の銀行システムや住宅市場、経済全般で何が起き、いかにして現在のように深刻な金融危機に陥ったのかを明快に論じています。ミンスキーがこの理論を発表したのは、なんと1986年です。そのため、ミンスキー教授について語る時は、まず尊敬の念を示さなければなりません。教授は、ハーバード大学で学び、ブラウン大学、カリフォルニア大学バークレー校、セントルイスにあるワシントン大学で教鞭をとりました。1990年に引退した後も、論文の執筆とニューヨーク州バード・カレッジのレヴィ経済研究所での講義を続けました。現在、レヴィ経済研究所では、教授に敬意を表し、年に1度シンポジウムを開いています。
ミンスキーは、1975年にケインズの研究の分析と解釈に関する著作を発表しており、ケインジアンを名乗るのも頷けますが、彼が打ち出した理論自体は新たな方向に向かいました。もちろん、経済理論においてどんな冒険をするにせよ、ケインズが確固たる出発点であることは間違いありません。ご存知のように、ケインズはマクロ経済学という分野を事実上、作り上げました。その基礎にあるのは、個人にとって有益であることが、個人の集合である経済システム全体にとっては必ずしも有益でないという考え方です。この原則は「合成の誤謬」とも「集計のパラドックス」とも呼ばれますが、気どった名前をつけなくとも、マクロ経済学の常識をあきらかにすることはできます。満員の野球場で試合を見たことがあるなら、ミクロ経済学とマクロ経済学の違いがわかるはずです。ミクロの視点では、よく見えるように、個人が立ち上がるのは合理的な行動になります。しかし、マクロの視点では、ひとりひとりが立ち上がるという合理的な行動をとることによって、結局は誰もよく見えないという非合理な結果を生むことになります。
金融不安定性仮説
ミンスキーはケインズを次の次元に高めました。そして、そのマクロ経済学への多大な貢献は、「金融不安定性仮説」と名付けられています。ミンスキーは、自身の仮説が「ケインズの『一般理論』の内容を解釈したもの」だと公言していました。ミンスキーがケインズの研究に加えたものは、きわめて単純です。資本主義下の債務構造が安定性をもたらす時と不安定性をもたらす時を峻別する枠組みを提供したのです。ミンスキーは1992年に、この仮説を自らの手で見事にまとめています。1
経済ユニットにおける所得と債務の関係として、ヘッジ、投機、ポンジーという3種類の異なる関係を特定できる。
ヘッジ金融ユニットとは、契約上の支払義務を自らのキャッシュフローでまかなうことが可能な経済ユニットを指す。債務構造において株式ファイナンスの比重が高くなるほど、その経済ユニットがヘッジ金融ユニットである可能性が高くなる。投機的金融ユニットとは、所得キャッシュフローから借入元本を返済することが不可能であっても、債務の「インカム(利子)勘定」分の支払いは履行可能な経済ユニットを指す。こうした投機的ユニットは債務を「ロールオーバー」しなくてはならず、すなわち償還を迎える債務を履行するため、新たな債務を負うことになる。……
ポンジー・ユニットの場合、営業活動からのキャッシュフローでは既存債務の元本の返済や利息の支払いを履行することができない。こうしたポンジー・ユニットは資産を売却するか、借入を行うことになる。借入や資産売却によって利息を支払うこと(そして普通株式の配当を支払うこと)は経済ユニットの純資産額を減少させる一方で、債務を拡大させ、将来の所得を見込んだ履行義務を増加させる。
ヘッジ金融が有力になると、経済システムは均衡に向かう性質をもち、予防的になると考えられる。反対に、投機的金融やポンジー金融の比重が高くなると、偏差を拡大させる経済システムとなる可能性が高まる。経済にはそれを安定させる金融状況と不安定化させる金融状況がある、というのが金融不安定性仮説の第一定理である。そして、金融不安定性仮説の第二定理は、長期にわたり繁栄が続いた場合、経済は安定をもたらす金融関係から不安定化する金融関係に移行するということである。
具体的にいうと、長期にわたって良好な状況が続く場合、資本主義経済は投機的金融やポンジー金融を実践する経済ユニットの比重が高くなる金融構造に移行する傾向がみられる。さらに、経済がインフレ的状況にあり、当局が金融引き締めによりインフレ沈静化を図ろうとすると、投機的ユニットがポンジー・ユニットになり、それ以前にポンジー・ユニットであった経済主体の純資産は短期間で消滅する。その結果、キャッシュフローが不足した経済主体はポジションを売却することによって、状況の立て直しを余儀なくされることになる。これは資産価値の崩壊を促す可能性が高い。
ヘッジ(ヘッジファンドとは何の関係もありません)、投機的、ポンジーという債務ユニットの3分類は、ミンスキーの金融不安定性仮説において、飲み物をかき回すストローの役割を果たします。仮説の核心は、安定が不安定化するという点にあり、その理由として、資本主義者には群れになる傾向があり、安定を無限だと考え、債務構造のリスクを高めていき、やがてポンジー・ユニットが現れるようになって安定性を脅かすことが挙げられています。
人間はリスクを取ることで利益を得る期間が長くなればなるほど、リスク・テークに対して無警戒になるものです。人々がリスク・テークに無警戒になると、自己実現的に相場が上昇します。すべての人が同時にリスク志向を高めると、それによりリスク・プレミアムが低下します。これが担保の価値を押し上げ、さらに多くのレバレッジの利用が可能になり、ゲームは続いていきます。人間は、本質的に正循環的である――それこそがミンスキー理論の核心です。ミンスキーはこう言っています。「資本主義経済はときおり、制御が効かないと思えるインフレあるいは債務デフレの様相を呈することがある。こうしたプロセスのなかで、景気変動に対する経済システムの反応は、変動を増幅させるものである。インフレがインフレを加速させ、債務デフレはさらなる債務デフレを呼ぶ1 」
こうした正循環的な傾向は、中央銀行にも政策当局にもあてはまります。財とサービスのインフレ抑制に異例ともいえる成功を収める一方、資産価格のインフレとデフレには非対称的な対応しか取らないのは危険な戦略である、という結論を避けることは難しいのです。確かに、ある程度の期間はうまくいきます。しかしながら、ある程度の期間はうまくいくからこそ、自壊の種が蒔かれてしまうのです。あるいは、ミンスキーが言うように、安定がもたらす資産価格の上昇と過剰な信用供与によって、安定は最終的に不安定になります。別の言い方をすれば、安定は目的地にはなりえず、不安定への過程に過ぎないのです。
ミンスキーの仮説では、今回の不動産価格、モーゲージ金融、影の銀行という三つ子のバブルをはじめ、資本主義特有の膨張縮小サイクル、つまり好不況の景気循環が十二分に説明されています。こうした景気の波がなぜ頻繁に起きるのか、皆さんは疑問に思われるかもしれません。資本主義は、あのアダム・スミスのいう見えざる手に導かれていて、市場は効率的であり、いわゆる「価格発見のプロセス」を通じて、常に適切な価格が見出されるはずではなかったか、と。確かにたいていはそうなのですが、常にそうだというわけではありません。実は、資産運用において、もっとも面白く、高い収益を上げられるのは、スミスのいう見えざる手があきらかに機能していない時なのです。ミンスキーは、スミスのいう見えざる手がいつ、どのようにして壊れてしまうのかを理解するための枠組みを提供したとも言えます。2
ミンスキーの経済過程――順過程と逆過程
ミンスキー理論によれば、景気変動は3つの債務ユニット――すなわち、買い手のキャッシュフローで元利の返済が可能なヘッジ・ユニット、利払いだけしか賄えない投機的金融ユニット、キャッシュフローでは元利とも賄えず、資産価格の上昇が頼りのポンジー・ユニットの発展段階として表すことができます。私はこの段階を、順と逆の「過程」と呼びたいと思います。
少なくとも今回の順ミンスキー過程では、金融市場においてリスク・テークが段階的に発展しましたが、サブプライムローン、SIVなど影の銀行システムを本拠地とする影の部分の行き過ぎとして表れました。表面的には安定していたことから、よりリスクの高い債務契約が結ばれ、それが資産価格のバブルを招きました。そして、「ミンスキー・モーメント」のなかで、バブルは弾けました(「ミンスキー・モーメント」という言葉自体は、何年か前に、私がアジア信用危機を振り返って名づけたものです)。今回のミンスキー過程で、ミンスキー・モーメントが正確にいつだったかについては議論の余地があります。個人的には2007年8月だと思っていますが、その前後3ヶ月の幅であれば私は異議はありません。
ミンスキー・モーメントがいつであれ、それ以降は逆ミンスキー過程に入りました。3つの段階を逆戻りしているのです。資産価格が下落し、リスク・プレミアムが上昇し、レバレッジは巻き戻され、景気は急減速しました。ミンスキーのいうポンジー・ユニットが存続できるのは、レバレッジを効かせた資産の価格が上昇する場合だけです。しかしながら、アメリカの住宅市場で見られたように、一旦、資産価格が下落すると、どれほど影響が出ようとも、リスク・テークを増やしてきた過程を逆戻りせざるをえない、ということをミンスキーは教えてくれています。
今回のミンスキー・モーメントでは、三つ子のバブルが弾けました。第1がアメリカの不動産価格、第2が主としてアメリカのモーゲージ金融、そして第3が、アメリカのみならず世界中の影の銀行システムです。これらの三つ子のバブルが弾けると、システム全体にわたって、すべてのリスクを再評価しなければならなくなりました。これがあらゆるリスク資産の価格を下押しする要因となりました。ミンスキーが主張しているように、こうなるとシステムが不安定になるのは確実です。資本主義の行き過ぎを一掃しようとすることは、自己調整的な治癒のプロセスではなく、自己増殖的に病が伝染するプロセスになります。これが、いわゆる債務デフレです。
アメリカの住宅市場のミンスキー過程
アメリカの住宅市場のバブルを見れば、現実の順ミンスキー過程がどのようなものかが、よくわかります。人々は価格が永遠に上がり続けると想定し、その賭けの資金を過剰な債務で賄いました。実際、モーゲージ金融市場は、ミンスキーのいう3段階の経路をほぼ正確に辿りました。債務の第1の形態、ヘッジ・ユニットは、実際はきわめて安定的な債務であり、借り手のキャッシュフローで、元利金の返済が十分賄えます。モーゲージの世界では、昔ながらのローンがこれにあたり、私の親の世代や私自身が借りていた形態です。毎月毎月、小切手を切って、金利と元本のごく一部を返済します。通常は30年という長期間にわたって返済を続け、最後の支払いが終わると、抵当権が抹消され、住宅は100%自分のものになります。完済を祝うささやかなパーティーを開いて、ローン契約書を燃やしてしまうこともあります。
次にリスクの高い投機的ユニットは、住宅価格の安定的な上昇に対する人々の確信が強まり、ヘッジ・ユニットでは退屈だと考えられるようになった時に登場します。ミンスキーは技術的な観点から、この投機的ユニットを借り手のキャッシフローで利息の支払いは可能であっても、元本の返済はできないローンと定義しました。こうしたローンは、償還時に借り換えが必要になります。モーゲージの世界では、こうしたローンは利息のみを支払うという意味でIO(インタレスト・オンリー)と呼ばれ、ローンの償還時に当初の元本額が一括で返済されることになります。こうした投機的ユニットの借り手は、借り換え時に少なくとも3通りの投機をしていることになります。第1に、金利が上昇しないこと。第2に、頭金などのローンの条件が厳格化されないこと。第3に、これがもっとも重要なのですが、住宅価格が下落しないことです。
ミンスキーの教えによれば、信用がヘッジ・ユニットから投機的ユニットに変化すると、恐れというものがなくなります。というのは、この過程が原資産に対するレバレッジを利用した需要を増大させ、それによって資産価格が押し上げられることになるからです。つぎのように考えればいいでしょう。たいていの人は、Xドルの借り入れを行っていても、頭の中では毎月Yドルの支払いが必要なローンを借りると認識しています。これをモーゲージの世界にあてはめると、投機的借り手はヘッジ的借り手よりも多額の借り入れが可能になることを意味しています。なぜなら、利息のみを支払い、元本を長期間、返済しない投機的借り手の場合、月間の支払額がヘッジ的借り手よりも少なくて済むからです。それゆえ投機的借り手は所得水準が同じでも、ヘッジ的借り手よりも高い価格の住宅を買うことができます。したがって、住宅ローンの限界的な借り手が投機的借り手になるに伴い、住宅価格が押し上げられ、一括返済の期日が到来する前に住宅の価値が下落するリスクは小さくなります。
当然ながら、投機的金融のつじつまが合うのは、価格を押し上げる投機的借り手が無限にいて、これらの人たちがとっている投機的リスクが全体として正当化される場合に限られます。これでは、バブルになるのは必至だと思いませんか? 人口構成を見れば、住宅の買い手がおのずと限られてくることはわかるのですから。この場合、住宅価格が確実に上がり続けるという期待は、最終的に取得能力という現実と対峙することになります。しかしながら、それでゲームが終わるわけではありません。
順ミンスキー過程には最後の一歩があります。それは、人間が本来、割安だから投資するわけではなく、モメンタムに乗じて投資するという現実があるためです。人間には安く買って高く売るよりも、価格が上昇しているものに飛びつく傾向があるのです。これは理屈に合わないように思えます。借入額や取得能力に制限があるなかで、合理的な人間が家を買おうとする時、なぜ自分と同じ経済状況にある人が支払える額よりも高い金を出そうとするのでしょうか? しかし、ここで問題にしているのは合理性ではなく、人間の本性です。この2つはまったくの別物です。人間はバリュー投資家ではなくモメンタム投資家であるというだけでなく、生まれながら貪欲であり、自分自身の賢さを過信するがゆえに痛い目に遭います。ババ抜きをしているようなものです。誰もが、他人よりも少しだけ賢く、最後にババを掴むことはないと考えているのです。そうです。ババ抜きはまたの名をポンジー・スキームと言います。
順ミンスキー過程の最後の債務ユニットは、それにふさわしく、ポンジー・ユニットと呼ばれます。キャッシュフローでは、元本はもちろん、利息の支払いすらおぼつかない借り手を指します。そもそも、こうした借り手はなぜ、どのようにして貸し手を見つけられるのでしょうか? 単純なことです。住宅価格の上昇が永遠に続くという予想が広く浸透している限り、次々と貸し手が現れ、元本増加型のローンを提供してくれるのです。利息を全額支払えなくても問題ありません。不足分を元本に上乗せするだけです。当然ながら、ローンが償還期限を迎えた時点で支払う金額は、当初の元本を大きく上回ります。
貸し手がほぼ無条件で融資を提供する限り、借り手にとってローンの価格は大きな問題ではありませんでした。結局のところ、住宅価格の上昇ペースが速かったため、モーゲージ金利が上下に1~2%程度ぶれても、それは大きな問題ではなかったのです。信用の価格よりも、信用の入手可能性が優先されたわけです。熱狂した状況下では、常にそうした事態が生じます。また、投機的バブルは一旦弾けると、たとえ市場や当局が信用の価格を引き下げようとも、その効果は信用の入手可能性の低下に圧倒されてしまうことになります。そのような局面で重要となるのはポンジー信用の供給側であり、需要の金利弾力性ではないということです。
サブプライムやインタレスト・オンリー(IO)、ペイ・オプション、元本増加型といった、近年の新型モーゲージの急拡大は、ミンスキーのいう投機的ユニットやポンジー・ユニットの典型的な例であることは明らかです。住宅価格が着実に上昇し続けるという期待が実現する限りは、それでも問題はありませんでした。しかし当然ながら、永遠に実現することはありえません。どこかの時点で、バリュエーションが問題になります。貸し手は、この動かしがたい真実をなぜ無視できたのでしょうか? それは、その過程で、巨額の利益を稼いでいたからです。巨額の利益が正常な判断を大きく鈍らせました。そして、金融業界の判断力を検査するはずの規制当局も格付機関も、同じ人間でした。順ミンスキー過程が進行している間は、住宅価格の上昇によってあらゆる恥ずべき罪が覆い隠されました。モーゲージの世界では、資産価値と借り手の所得ではなく、もっぱら資産価値だけに着目した融資が行なわれるようになりました。モーゲージ・ローンのオリジネーターは、モーゲージをオリジネートし転売するというビジネスモデルの上に成り立っていましたが、このゲームを自己勘定で行っているわけではなく、直接的な利害はありませんでした。ローンをオリジネートし、再パッケージ化していただけなのですから。
興味深いのは、パッケージ化されたモーゲージ商品が販売された先が影の銀行だったということです。つまり、オリジネートして転売するというビジネスモデルのなかで、オリジネーターは自己勘定で資金を貸しているわけではなく、中間の人間が影の銀行システム向けの商品を作るよう要請されていたのです。影の銀行システムは商品を求めていました。餌を欲しがる獣を食べさせなければいけないとすれば、どうすればいいのでしょうか? システム全体で融資基準を緩め、ローンのオリジネートを増やすのです。しかし、オリジネーションが増えてくると、資産価格を押し上げますが、そこで「このジャンクの借り手は、ほんとうはジャンクではない。デフォルトを起こしているわけではない」と自身に言い聞かせるのです。そして、一段と基準を緩め、さらに価格を押し上げます。それでも、デフォルト率は上がりません。このシステムがうまく回ったのは、それにお墨付きを与える者が中間にいたからです。それは、格付機関に他なりません。不動産価格、モーゲージ金融、影の銀行システムという三つ子のバブルを継続させるうえで重要だったのは、デフォルト率は実際低いのだから低いはずだと格付機関が考えたことでした。しかしながら、デフォルト率が低かったのは、融資基準を緩めることで資産価格を押し上げていたからなのです。
規制当局も格付機関も、住宅価格が大幅に上昇していた期間のきわめて低水準のデフォルト率を、頭金なしローンの借り手など信用力の劣る借り手における正常のデフォルト率であると信じ込みました。特にひどかったのが格付機関で、まるで強度の近視のせいで、次々に周囲にトラブルを巻き起こすキャラクター、ミスター・マグーのようでした。おかしなローンを裏付けにした証券に高い格付けを与えたことで、影の銀行システムの爆発的な拡大を促したのですから。影の銀行システムは、同じく高格付のCPを大量に発行し、そうした証券を購入する資金を調達しました。
自己強化のメカニズムによってボラティリティが低下する中で、すべては順調に推移しました。ですが、それは、金融の錬金術によって生まれたバブルが、住宅の取得能力というファンダメンタルズの壁にぶち当たるまでの話でした。最終的にはファンダメンタルズが重要になります。やがて最後の審判の日が訪れます。一括返済の期日、マージン・コールが発生する時が。これが、ミンスキー・モーメントです。住宅価格が上昇していなければ、ポンジー・ユニットの借り手、とりわけ元本増加型ローンの借り手にとっては終わりです。そして、住宅価格が下落していれば、投機的ユニットの借り手もお仕舞いになります。ポンジー・ユニットの借り手は、毎月の元利金支払いを停止し(場合によっては、返済が始まる前で停止することもあります)、「ポジションを清算することによる状況の立て直し」を余儀なくされます。これは前兆に過ぎず、最終的にはデフォルトに陥ったり、物件を貸し手に返却したりことになります。こうなると、ポンジー的融資機関は、少なくともミンスキーのいう投機的ユニットに戻るまで、融資基準を急激に引き締めます。融資は、一般的な元利均等返済型でないかもしれませんが、少なくともティーザー金利ではなく、通常のARM変動金利を基に算定された利息が支払い可能であることを示す証拠に基づいて行われるようになります。
ミクロ経済的視点からすると、こうした融資基準の厳格化は、遅きに失した感があるにせよ、悪いことではありません。しかしながら、マクロ経済的視点からすると、これは状況をデフレ的方向へ変化させるものであり、住宅価格が永遠に上昇し続けるとの想定に基づき借り換えを続けてきた借り手は判断を誤り、ロング・ポジションを手仕舞う機会を逸したということになります。そして、今回のサイクルでは、住宅を始めて購入した気の毒な人々だけではなく、投機的なポンジー・ユニットもロング・ポジションを手仕舞いできませんでした。ご存知のとおり、人間は住居を持たずに生まれてくるため、賃借するか、購入するかにより住宅を確保しなければなりませんが、ポンジー的借り手は、必要な住宅を確保するのではなく、さらに間抜けなカモがロング・ポジションを引き取ってくれることに賭けていました(ミンスキーのいう「状況の立て直し」)。不動産バブルが弾けると、不動産市場だけでなく影の銀行システムも立ち行かなくなるのです。
サブプライム・モーゲージのオリジネーションから(影の銀行システムへの)販売までのビジネスモデルに対する評価の慣習的基盤が崩れた時、この資産クラスは内部から急激に崩壊しました。ウォール街と米国政府の専門家はいずれもこの崩壊を予想することができず、阻止することもできませんでした。阻止できなかったばかりか、この崩壊は伝染するようになりました。最初はウォール街に伝染し、すべてのリスク資産のリスク・プレミアムが再評価され、しばしば乱暴な方法で引き上げられました。災いはさらにメーン・ストリートに伝染し、主にサブプライム・セクターですが、さらに信用力の高いセクターでもモーゲージ信用の収縮が急激に進んだことを受けて、債務デフレが加速しています。
そうです。私たちは今、逆ミンスキー過程――時が満ちれば不安定性が安定性を回復する過程を経験しているのです。この間、ポンジー・ユニットが消滅し、投機的ユニットは事後的にポンジー・ユニットになり、破壊されないまでも厳しい制約が課され、ヘッジ・ユニットですら打撃を受けます。影の銀行システムは急激に収縮します。資産の取り付けにより、債務を圧縮せざるをえなくなり、それが資産価格を押し下げ、エクイティーを毀損するため、さらに債務を圧縮しなければいけなくなります。影の銀行システムは、とりわけ取り付けに対して脆弱です。CP(コマーシャル・ペーパー)の投資家が、返済期限が到来した時に再投資に応じなければ、影の銀行は流動性の危機に直面するため、真の銀行の与信枠に頼るか、資産を投売りして流動性を確保しなければなりません。真の銀行は、影の銀行に対する融資に関してリスク回避姿勢を強めているため、与信枠での融資には応じても、積極的に影の銀行との関わりを増やそうとするよりは、むしろ減らそうとします。したがって、FRBが提供する流動性が入ったカップと、流動性を求める影の銀行システムの乾いた口元は、大きく隔たっているのです。
順ミンスキー過程が自己増殖的であったのと同様に、逆ミンスキー過程もまた全般にわたって自己増殖的です。途方もなく循環を増幅します。規制の対応もまた、途方もなく循環を増幅する性質をもっています。順過程ではこぞって緩めた規制を、逆過程では慌てて引き締めます。逆過程では基本的に、ケインズの倹約のパラドックスと同じことが起こります。債務圧縮のパラドックスです。影の銀行にとっても、また真の銀行にとっても、個別の銀行が債務を圧縮するのは理に適っていますが、全体としてみると、すべての銀行が同時に債務を圧縮することはできません。
ミンスキーの逆過程に対する政策対応
ここに至るまでに政策当局は、ミンスキー・モーメントの後には逆ミンスキー過程が進行するということを徐々に認識するようになってきました。しかしながら私は、「徐々に」という点を強調しておきたいと思います。というのは、総じて政策当局は、いまだ覚めやらぬ否認の気持ちを持て余している状況だからです。その一因は、人間の本性にあります。逆ミンスキー過程を理解するには、まず、それに先立つ順ミンスキー過程、つまり負債創造の限界的なユニットが、ヘッジ・ユニットから投機的ユニットへ、さらにはポンジー・ユニットへと変化することにより、資産価格と債務価格にバブルが発生してきた過程を認識しなくてはなりません。これは政策当局にとってたやすいことではありません。バブルが形成されている過程ではそれを把握することは不可能だと主張し、したがって、バブルに対抗する予防策というのは妥当ではないとする当局にとっては、なおさらそう言えます、しかしながら、逆ミンスキー過程によるダメージを和らげる政策を立案するためには、政策当局にそうすることが求められるのです。現在の状況に至ったのは、金融資本主義の不正な手ではないにしろ、見えざる手を放置した結果、まさにミンスキー教授が予言した通りの動きを見せたためなのであり、これを防ぐには循環的な景気変動を促す政策ではなく、景気変動を抑える規制、「見えざる拳」によって歯止めをかけるべきであったと、当局が公に認めなければならないのです。
これは何も、短期的な利潤動機による金融取引の革新に対し、政策当局が先回りすることができるとミンスキーが確信していたというのではありません。むしろミンスキーが考えていたのはその逆です。
事業家や金融仲介機関が貪欲に利潤を追求する世の中では、革新者がつねに規制当局を出し抜くことになるであろう。当局は、ポートフォリオ構造の変化を防ぐことはできない。当局にできうることは、さまざまなタイプの資産に、自己資本負担率を設定することによって、銀行の資産・自己資本比率をある範囲内に保たせることぐらいである。仮に、当局が銀行に対して強制力をもち、周辺銀行やその他の金融機関の活動に通じているとすれば、われわれの経済に内在する破壊的な拡張傾向をうまく弱めることができる。3
ミンスキーがこう記したのは、なんと1986年です。それから20年あまり経った今、私たちは、彼の的確な助言が無視され、ミンスキーが「周辺銀行やその他の金融機関」と巧みに表現した影の銀行システムが爆発的に拡大したことを嘆くよりほかありません。
金融資本主義それ自体が、本質的にバブルとその崩壊を引き起こすものであるとのミンスキーの洞察は、単に正しいというだけにとどまらず、見事なまでに正しいのです。私たちが銀行の規制について――従来の銀行についても、影の銀行についても、プルデンシャルな良識を取り戻そうとする際、ミンスキーという偉大な人物から学ぶべきこと、また改めて学び直すべきことはたくさんあります。
一方で問題もあります。私たちは今、逆ミンスキー過程の只中にあります。民間セクターはバランスシートを縮小し、リスクを軽減したがっています。そのため、景気後退を避けるには、取引の反対側に回る相手がいなくてはなりません。それは政策当局の役目です。私たちは、FRBのバランスシートとアメリカ政府のバランスシートがまったく別物であるかのように振舞っています。中央銀行が金融政策を立案する上で、政治からの独立という建前があるからです。しかしながら、金融政策の立案という観点ではなく、バランスシートによる支援を提供し逆ミンスキー過程を緩和するという観点から見れば、アメリカ政府のバランスシートとFRBのバランスシートに違いはありません。経済学的に見れば一体であり、変わらないのです。
今回の逆ミンスキー過程は、すでにかなりのところまで来ていて、順過程よりも大幅に進行が速いと私はみています。その理由はごく単純です。順過程は、主としてモメンタムで動きます。融資基準をはじめとしてあらゆることがシステム全体で緩められましたが、誰も痛みを感じませんでした。しかしながら、逆過程では痛みが出ています。いわば、大規模なマージン・コールが発生しているのです。取引の反対側で、ソブリンのバランスシートの十分な信頼と信用が効果的に生かされる時、この逆過程は終わります。断っておきますが、私は社会主義者ではありません。ただ現実的な人間であるに過ぎません。私たちは取引の相手側に回る誰かを必要としています。政策当局は、民間セクターが縮小したリスク・テークや支出を増やすだけでなく、民間セクターのリスク資産にも、財やサービスの総需要にもリフレの推進力を積極的に提供しなければならないのです。
このため政策当局は、難しい舵取りを迫られることになります。足元で過大評価されている資産価格から、過小評価された資産価格の最低水準を見つけるには、デフレの痛みの発生を容認するしかありません。その一方で、デフレのプロセスが制御不能に陥らないように、金融および財政政策によるセーフティーネットを十分に提供する必要があります。債務デフレは、資本主義だけは支えきれない怪物です。資本主義は十分に豊かなわけではないし、十分にタフなわけでもありません。資本主義の繁栄は、政策当局の目が節穴ではないという希望にかかっているのです。
市場の規制がそれなりに緩和されていて、金融システムが複雑かつ革新的であるかぎり、経済はミンスキーのいう順過程からミンスキー・モーメントを経て、逆過程を辿ります。それが現実であり、無視することはできません。重要なのは、人間の本性を和らげるために、循環を抑える規制政策を導入する良識を持つかどうかなのです。
ポール・マカリー
マネージング・ディレクター
1 ハイマン・P・ミンスキー『金融不安定性仮説』(1992年5月)
2 アダム・スミス『国富論』第4巻(1776年)
3 ハイマン・P・ミンスキー『金融不安定性の経済学』(1986年)
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