The Money Marketeers Clubでの講演から:
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ニューヨークにて
2009年3月19日
ダナさん、丁寧なご紹介、ありがとうございます。この権威あるクラブで4度目の講演をさせていただけることを大変光栄に思います。過去50年間に講演された方々のお名前を眺めますと非常に恐れ多い気持ちになります。
前にも申し上げましたが、私は講演する際、事前に原稿を書くことはほとんどありません。数少ない機会のひとつが、このフォーラムです。書いたとおりにお話しするためではなく、――そんなことは生まれつきできそうもないのですが――筋道を立ててお話ししたいからであり、言葉を自分のものにしたいからです。そして、原稿は何度も下読みしてから、講演に臨みます。
振り返って
米連邦準備理事会(FRB)がFF(フェデラル・ファンド)金利を1%から引き上げ始める直前の2004年5月1日1、私は、均衡実質FF金利は常に一定であるとの常識は間違っていると断じました。私らしくもっと理屈っぽく言えば、テイラー・ルールにおける不変の定数に異議を唱えたわけです。
資産運用業界では誰もが知っていることですが、ジョン・テイラーは、便宜的にこう想定しました。インフレ率が目標水準にあり、GDP(国内総生産)が潜在水準と一致していて2、景気動向によるFF金利の変動を説明する2つの項、(1)実際のインフレ率と目標インフレ率とのギャップ、および(2)実際のGDPと潜在GDPのギャップがどちらもゼロであれば、実質FF金利は、実質潜在GDP成長率にほぼ等しくあるべきであり、実質潜在GDP成長率は人口動態に基づく労働力人口の伸び率と、生産性の伸び率によって決まる。これが、テイラー・ルールにおける定数であり、テイラーは不変だと考えました。
私は、テイラーの定数不変の概念について、理論と現実の両面から異議を唱えました。
理論面で言えば、私は常に、資本と現金、いま話題の言葉で言えば資本と流動性を峻別してきました。またリスクをとらなければリターンもない、という資本主義の考え方を信奉してきました。そのため、政府が保証する現金(流動性と言ってもいいのですが)の、税引き後の実質リターンがプラスであるべきだとする考え方には違和感を覚えるのです。
確かに、現金の名目利回りについては、暗黙の税金であるインフレ率を相殺できる程度には十分に高くなければならないと思っています。そして、名目のリターンに税金がかけられるため、現金の名目利回りは、インフレ率という暗黙の税だけでなく、インフレ税にかけられる明示的な税を相殺できるほど高くなければならないと考えています。しかしながら、現金が税引き後に実質リターンを生むべきだと思ったことはありません。先ほど申し上げたように、リスクを取らないものにリターンはないのですから。
現金は、少なくとも名目ベースでは、常に額面で取引されています。そして、それこそが現金の貴重な特性だと言えます。本人が望めば、現金を保有できますが、そうした場合、リターンを受け取ることはできません。むしろ、税引き後の実質リターンを犠牲にするという形で、費用を負担することになります。税引き後の実質リターンをプラスにしたいのであれば、ある程度のリスクを取る――端的に言えば、投資が元本を下回るリスクを取る必要があると思います。
つまり私は、不変ではないとしても、税引き後プラスの均衡実質金利が存在すると考えていましたし、現在も考えています。しかしながら、テイラーとは違って、私が考える均衡金利は、高格付けの民間セクターの長期債で得られる税引き後の実質金利です。
2004年5月の講演では、ダブルA格の銀行システムの信用リスクの近似値として、長期スワップ金利を使うべきだと提言しました(個々の銀行ではなく、銀行システムと言っている点にご留意ください)。長期スワップ金利の税引き後実質リターンであれば、実質潜在成長率と実質金利には機能的な関連があるというテイラーの想定、資産運用業界で広く支持されている想定と矛盾しないはずだと申し上げました。つまり、テイラーと私は、分析という点では同じ教会に属しながら、大きく離れた席に座り、違う賛美歌の本を持って歌っているようなものだったのです。
テイラーも私も、均衡実質金利を実質経済成長率と関連づけようとしました。しかしテイラーが注目したのは、FRBが直接コントロールできる翌日物の無リスク金利であるのに対し、私が注目したのは市場で決まる民間の長期金利でした。言い方を変えると、テイラーはあくまでFF金利重視派であり、私はあくまで金融環境重視派なのです。
ここにテイラーと、実務家の私との差があります。私は、こう考えています。どの金利を取っても、均衡金利は一定ではなく、時間とともに変化してくものであり、幅広い金融環境の変化の変数であると。この点については、昨年2月3に、同僚のラミン・トルーイと共に論文を書きました。ここではその内容についてお話はしませんが、過去1年の金融危機によって、私の主張は確かに証明されたと申し上げておきたいと思います。
それはさておき、2004年当時、ほとんどの方は、私の賛美歌は音程が外れていると思われていたことでしょう。そして、本当のことを言えば、私自身も頭の片隅でそう感じていました。というのは、私の理論では利回り曲線が極端にスティープ化することになり、積極果敢な資産運用担当者が極限までレバレッジをかけてキャリー・トレードができるようになることがわかっていたからです。
そのため、現金に対する税引き後の実質均衡金利はゼロであるという、私の考え方をFRBが支持するのであれば、金融仲介機関によるレバレッジの利用に対し、規制による上限を設ける必要があるだろうと率直に申し上げました。当時、政策当局はGSE(政府支援企業)に対して、まさにそうした措置を取っており、GSEのバランスシートの拡大に制限を設けていました。私は、この事実に意を強くしたのです。
しかし、その見込みが間違いであったことは、その後の数年間、「影の銀行システム」が野放図に拡大したことで、嫌というほど思い知られました。「影の銀行システム」とは、2007年8月にジャクソン・ホールで私が作った新語ですが、ご存知のとおり、このシステムは、レバレッジを拡大した金融仲介機関であり、取り付けを防いだり、止めたりする手段として、FDIC(連邦預金保険公社)の預金保険やFRBの貸出窓口制度を利用する権利を持ちません。しかしながら、こうした政府のセーフティネットへのアクセスがないからこそ、レバレッジをはじめ、規制による大きな制約を受けることなく、影の銀行に対し友好的な格付け機関の目だけ気にすればいいのです。
要するに、影の銀行システムは、FRBの権限の及ばないところで、レバレッジと流動性リスクを爆発的に拡大させました。あるいは、2007年11月にここで述べたように、理屈っぽく説明すると、影の銀行は、(1)IS曲線を右方向にシフトさせ、かつ(2)スティープ化させた、あるいは弾力性を低下させたということになります。このような世界では、FRBの利上げが、信用に対する需要を緩和する効果はほとんどありませんでした。金融環境の引き締め効果はほとんどなかったとも言えます。
FRBが、FF金利を私が2004年5月に予想した水準の2倍に及ぶ5.25%に引き上げても、FRBの意図どおりに金融環境が引き締まることはありませんでした。私がとんでもなく間違っていたことが証明されたのです。
前回、ここでお話申し上げたように、当時は順ミンスキー過程にありました。そして、ミンスキー・モーメント、つまり、絶えずレバレッジを高めることでバブル的に上昇していた資産価格が破裂する時点が訪れ、順ミンスキー過程は終わりを迎えました。それによって、とりわけ影の銀行システムが、ディレバレッジ(レバレッジ比率の引き下げ)の必要に迫られました。ミンスキー・モーメントが、正確にいつだったのかについては議論の余地があります。私は2007年8月だと思っていますが、その前後3ヶ月とおっしゃるなら、皆さんと争うつもりはありません。
ミンスキー・モーメントがいつであれ、それ以降は逆ミンスキー過程に入り、IS曲線は急激に左方にシフトし、傾きは一段と険しくなりました。それはとりも直さず、FRBが利上げプロセスを上回るスピードで、FF金利を劇的に引き下げざるをえなくなることを意味すると、私は16ヶ月前に申し上げました。なぜなら、FRBの意図に反して、金融環境が緩和されないからです。
そうなると、次回お招きいただく時点のFF金利は、2004年5月の時点にやや乱暴に予想した2.5%かそれ以下の水準に下がっているだろうと予想しました。また、今まで1軒しか家を持ったことはありませんが、2軒目の購入を考えているかもしれないとも申し上げました。
今後の展望
そこで現在の状況を見てみると、名目FF金利はゼロ近辺に張り付いています。前回の講演時の私の予想は、大胆さが足りなかったのです。まだ2軒目の家は買っていませんが、真剣に購入を検討しています。買うなら、ここニューヨークから数百マイル南の街がいいと思っていますが、私が買える金額であっても、決定権は私にはありません。
それはさておき、今夜、ここでお話したいのは、現在の世界的な経済・金融危機を解決するのは理論的にはしごく単純なのに、現実にはいかに難しく、複雑であるかということです。
教科書的に言えば、現在の危機は、「倹約のパラドックス」と「レバレッジのパラドックス」が増幅しあう二重の病と言えます。多くの点で、2つは同じ病です。所得のうち貯蓄する割合を増やしたり、バランスシートから負債を減らしたりする行動は、各個人や企業レベルでは合理的でも、社会全体で見ると非合理になります。
誰もが所得のうち消費する分を減らして、貯蓄を増やそうとすれば、全体としてはうまくいきません。消費が生産を動かし、生産が所得を動かし、それが貯蓄の源泉になるからです。同じように、誰もが資産や株式を売却して負債を返済し、レバレッジ比率を引き下げようとすると、うまくいきません。資産市場も株式市場も、売り手ばかりで買い手がいなくなるからです。
いずれの病に対しても、政策当局が逆の働きをする必要があります。(1)民間セクターの貯蓄意欲を上回る意欲で貯蓄を減らし、それによって名目ベースの総需要、すなわち名目ベースの国民所得を維持し、さらに(2)レバレッジ比率の高い民間セクターが一斉に売り手に回った資産市場および株式市場で、買い手に回るのです。ケインズやミンスキーが賢明にも教えていたように、少なくとも理論上の解決策はしごく単純なのです。
教科書的には望ましい解決策も、政治的に実現が難しいという問題があります。現実には、重要性という点では落ちるものの、「倹約のパラドックス」を解決する方が、「ディレバレッジのパラドックス」を解決するよりもはるかに簡単です。財政刺激策の規模や内容を決めるにあたり、議会は胃の痛みを覚え、苦闘するかもしれませんが、「倹約のパラドックス」を打破するという点では、少数の極端な狂信者を除いて、今や誰もがケインジアンになっていると言っても差し支えないでしょう。
これとは対照的に、「ディレバレッジのパラドックス」を断ち切るために、政策当局のバランスシートと高い信用力を活用することについては、政治的なコンセンサスはできていません。言い方を変えれば、今や誰もがケインジアンですが、ミンスキアンではないのです。いま現在、求められているのは、伝統的な銀行、影の銀行を問わず、銀行システムの損失を社会的に負担することです。それも、順ミンスキー過程で思い切り利益をあげた後で。これは、政治的には容認されがたいことです。というより、強い悪臭を放っています。
私の同僚であるモハメド・エラリアンの言葉を借りれば、経済的には望ましい解決策が、政治的には実現不可能である一方、政治的に実現可能な策が、必ずしも経済的に望ましくないというシナリオについてよく考える必要があります。先週の日曜日(3月16日)、バーナンキFRB議長が、CBSのニュース番組『60ミニッツ』に出演して、この醜悪な現実について国民に直接説明し、われわれが直面する最大のリスクは政治的意志の欠如であろうと述べました。
インタビューを受け、アメリカ国民に直接語りかけたこと、そして真実を語ったことの2点で、私は議長に敬意を表します。しかしながら、だからと言って、真実がわれわれを自由にしてくれるわけではありません。かつて、クリス・クリストファーソンが書いて、ジャニス・ジョップリンで有名になった曲のように、自由とは、失うことが何もない状態を言い換えたに過ぎないという主張を、無碍に退けることはできません。
私はそうは思いません。とはいえ、正直言ってよく分からないというのが、正直な答えだと思います。われわれは履歴現象の世界に生きていて、結果がどうなるかは、経路に依存します。何通りもの結果がありえます。そこでは、政策という投入と経済・金融という産出は、自己相関の人質になるのです。この言い方は、理屈っぽ過ぎるでしょうか?
結論
冗談はさておき、結論として再びモハメド・エラリアンの言葉を引用したいと思います。現在起きている事態は、われわれの多くが知る、市場主導型の民主的な資本主義システム内で発生した1つの危機ではなく、システムそのものの危機です。これは家庭内別居ではなく、結婚そのものが続けられるかどうかのテストだと言えます。51枚のトランプで、ソリティアに興じているのです。
幸い、政策当局に使う意思があるのなら、52枚目のカードが用意されています。「競争的な量的金融緩和」というカードです(信用緩和と組み合わせる場合もあります)。一般に、グローバルな競争政策というと、競争的な関税引き上げや通貨切り下げなど、マイナスのイメージを思い浮かべがちです。これら2つの政策は、実行面では大きく異なりますが、経済的にはきわめて似通っています。つまり、世界の名目総需要という小さ過ぎるパイのうち、より多くのシェアを確保しようと争っているのです。
これに対して、競争的な量的緩和(QE)は、それ自体に強制メカニズムを備え、世界の総需要のパイを拡大させるものです。
どのようにして、それが可能になるのでしょうか? そもそも、量的緩和とは何かについて考えてみたいと思います。量的緩和を簡潔に表現すると、中央銀行が一定期間、財政当局からの独立性を自主的に返上し、短期政策金利をゼロ近辺に誘導し、それによってバランスシート拡大を制御する必要性を回避することだと言えます。ここにお集まりの皆さんの多くは経験豊富ですから、この言い回しはご記憶にあると思いますが、量的緩和は、政策金利をプラスの目標水準に誘導するために中央銀行が「銀行の預金準備に対して圧力をかける」必要性をなくします。
もちろん、現在のFRBのように、中央銀行が超過準備金に付利することが容認されている場合は、事がそう単純でないことは、私も認識しています。概念的には、超過準備に対して利息を支払うことで、中央銀行は「量的緩和を実施しつつ」、なおかつ政策金利をプラスに誘導することができます。
しかしながら、現時点で、これは技術的な問題に過ぎず、大した意味をもっていません。特に、政策金利であるFF金利が0~0.25%のFRBについてはそうだと言えます。私に言わせれば、ゼロ金利と同じです。したがって、FRBは、バランスシートを拡大する上で、事実上、制約がないと言えます。
これにより、FRBには、自主的に、議会および財務省という財政当局と密接に協力し、長期国債を貨幣化(マネタイゼーション)し、超低金利での米国債の大量発行を支援することになります。通常であれば、こうした見方に市場は愕然とします。このような政策運営が、長期的にインフレにつながることを市場参加者は直感的に懸念するからです。
そして、そうした感覚は正しいのです。財務当局は本質的に、税収以上に支出し、財政赤字を垂れ流し、インフレ的な経済の過熱を招く傾向がある。それゆえ、中央銀行には、財務当局に従属させられることがないよう、政府内で独立した地位が与えられているのです。
しかしながら、マクロ経済の最大の問題が、総需要の不足による大幅な需給ギャップにあり、それに伴うデフレ・リスクが非常に高くなっている場合には、中央銀行の厳密な独立性に関する議論は、一時的に棚上げされます。ただし、あくまでも一時的であって、永遠にではありません。長期的に見ると、有権者の顔色を窺う政治家に通貨創出権限を与えることほど、確実に通貨の購買力を損なう方法はないからです。
しかしながら、資本主義に内在する債務デフレの病を断ち切るために、中央銀行が財政当局と手を結び、場合によっては財政当局に従属することもやむを得ない緊急事態が発生することがあります。事実、2003年5月、他ならぬバーナンキFRB議長が日本における講演で日本について以下のように強く主張したのです(強調は筆者)。
日本銀行が完全な独立性を確保したのは、つい最近の1998年のことであり、その独立性を慎重に守ってきたのは適切でした。しかしながら、経済的な観点から言えば、インフレ環境とデフレ環境では、独立した中央銀行の役割が異なるという事実を認識することが重要です。インフレの場合、往々にして国債の過剰なマネタイゼーションと結びついており、独立した中央銀行の利点は、政府に「ノー」と言える点にあります。しかしながら、長引くデフレ環境下では、過剰な通貨創造が問題になる可能性は低く、中央銀行の側の協力的な姿勢が求められます。現在の状況下では、ある一定期間、日銀と財政当局が協力度を高めることは、中央銀行の独立性と矛盾するものではありません。それは2つの独立国が、共通の目的を達成するために協力したからと言って、国家主権の原則と矛盾しないのと同じです。
このため、2年から10年物を中心に、国債を最大3,000億ドル購入するとした、昨日のFRBの発表は、6年前のバーナンキ議長の講演と完全に一致しており、現在アメリカそして世界中に蔓延する債務デフレの病とも矛盾していないのです。
いま現在の時点で、取り組むべきと考えるのは、競争的な関税引き上げでも、為替の切り下げでもなく、世界規模の競争的量的緩和です。すべての国が、あるいは主要国の大半が量的緩和に踏み切れば、名目総需要という小さすぎるパイにおけるシェア拡大の競争は、パイ自体を拡大させる相関的な取り組みへと変わります。
あえて「協調的」ではなく「相関的」と申し上げました。各国間の明示的な「協調」は必ずしも必要ありません。というのも、この取り組みに参加しないことを選択した国では、実質実効為替レートが上昇し、生産能力に余剰が生じている経済とってはデフレ圧力となります。
したがって、競争的な量的緩和政策を強制するメカニズムは必要なく、各国が自国の利益のために行動すれば事足りるのです。協調ではなく、アダム・スミスの言う「見えざる手」により実現される、これこそが最善の協同的行動となります。
欧州中央銀行(ECB)は、量的緩和をどう考えるべきか決めかねています。ユーロ圏が通貨同盟であって政治同盟ではないため、財政政策を一本化できないことも一因です。あるいはこうも言えます。ECBがケインズ的な財政刺激策に同調したいと考えた場合、つまり事実上のマネタイゼーションを実施する場合、ECBにとって協議の相手となる財政当局はどこなのでしょうか?
これは未解決の問題ですが、私としては、ユーロ相場があと10回ほど大台乗せを繰り返すまで上昇すれば、ECBは答えを見つけるのではないかと思います。
今夜、この場に出席させていただいたことを光栄であると再度申し上げて、私のスピーチを終わりにしたいと思います。
1. 「The Money Marketeers Clubでの講演から:素晴らしき新世界」 Global Central Bank Focus 2004年5月号
2. 失業率が完全雇用の水準にある、という言い方もできます。
3. 「低下する中立金利を追いかけて:金融環境と金融政策、テイラー・ルール」Global Central Bank Focus 2008年2月号
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