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Global Central Bank Focus
ポール・A・マカリー | 2008年6月
インフレに甘い言葉
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ご心配は無用です。私は正気を失っているわけではありません。インフレが債券にとって甘くないこと、したがって、インフレに甘い言葉は、とりもなおさず、私の仕事にとって厳しい言葉であることは十分に認識しています。運用会社はふつう、インフレに甘い発言はしません。ですが、事実は事実として言わねばなりません。そして、現時点での基本的事実は、FRB(米連邦準備理事会)が安心していられる以上のインフレ率を、アメリカ経済が必要としているということなのです。必要としているなどと言うと、読者の皆さんは疑問に思われるでしょう。

 

が、確かに必要としているのです。石油や食料品を中心とするコモディティ価格は、特にここ数ヶ月大幅に上昇しており、アメリカの実質の交易条件は間違いなく悪化しています。この用語に馴染みのない方のために説明すると、一国の交易条件とは、輸入のために必要になる物の比率です。この概念を理解するには、1バレルの石油を買うのに、全米平均の時間あたり賃金で何時間働けばいいかを考えるのが一番わかりやすいと思います。実質の変数を別の実質変数と比較するのです。下の図は、これを簡潔に示しています。

 

 

 

不快は不快

1バレルの石油を買うために必要なアメリカ人の労働時間は延びています。これが実質的な交易条件の悪化です。言い変えれば、原油価格が上昇する前に比べて、われわれはこれまでより豊かでなくなるか、より貧しくなっています。これを避けることはできません。そして、それに伴う一時的なインフレ率の上昇と成長率の低下、雇用の悪化という調整もまた避けて通ることができません。目下の問題は、この痛みをどう配分するかです。正解があるとすれば、FRBのドン・コーン副議長が611日の講演で示した解決法がまさにそれでしょう。(強調は筆者)。

 

……原油価格が急騰した後に適切な金融政策とは、一時的に失業率とインフレ率が若干上昇することを容認するものになると思われます。30年前、ジョン・テイラーは、経済成長率とインフレ率が逆相関する曲線を開発しましたが、金融当局は、原油価格が短期的に雇用と物価に与える悪影響をバランスさせる政策を採ることによって、事実上、この逆相関曲線上の望ましい点を見つけようとしています。こうした政策行動は、相対価格の効率的な調整を促します。実質賃金は下落しなければなりませんが、物価と賃金はどちらも調整のペースが遅いため、相対価格の効率的な調整は、短期的にインフレ率と失業率がともに若干上昇し、その結果、実質賃金の上昇率が、生産性の上昇によって確立されたトレンドを一時的に下回るものになるのです。」1 

 

コーン副議長は、ありのままの真実を話しています。原油価格の高騰は経済不快指数の上昇を招き、一時的にインフレ率と失業率がともに上昇します。そうなると実質賃金、ひいては実質利益が減少します。われわれは、これまでより豊かでなくなるか、これまでより貧しくなります。これは変えようがありません。したがって、FRBがインフレという精霊を瓶から出したと非難する人たちは、冷静にならなければなりません。交易条件悪化のショックは、実質的なショックであり、実質賃金と実質利益の下落に繋がるはずです。これは単純な事実であり、痛みを伴います。論理的に考えれば、通貨のリターンである実質短期金利は、短期的に低下し、マイナスにすらなるはずです。

 

スパイラルのリスク?

ですが、読者の皆さんは疑問に思うでしょう。FRBが実質金利をマイナスにするようなら、物価や賃金に二次的、三次的な影響を与え、インフレ・スパイラルを引き起こすのではないかと。資本と労働は、インフレ率の一時的な上昇だと解釈すべき現象を見て、恒久的に上昇が続くとの見方をするようになるのではないでしょうか。物価と賃金が完全に連動している世界なら、ありえる話です。1970年代はそれに近い状況でした。激しいオイルショックは、一時的なインフレ率の上昇による一回限りの物価水準の調整で終わるはずでしたが、賃金と物価のインフレ・スパイラルに繋がりました。

 

金融政策の専門用語で言えば、1970年代にはインフレ期待が、オイルショック前の水準にしっかり固定されてはいなかったのです。これは確かですが、もっと基本的な面でアメリカ経済は、労働組合の組織率が高く、経済構造が閉鎖的であったことから、一度限りのインフレ・ショックを、持続的なインフレ・ショックに変えてしまう傾向がありました。

 

 

 

世界は変わりました。もっとも重要な点として、世界的に競争が高まり、労働組合の組織率が低下した現在、賃金の上昇と物価の上昇は、それほど連動しているわけではないと言えます。コーン副議長が示唆したように、インフレ率と失業率がともに若干上昇すると、労働者の価格決定権が弱まり、実質賃金は労働生産性の伸び率で決まる水準より低くなります。このため、1970年代と違って、賃金の上昇が総需要を過熱させ、物価と賃金が上昇を繰り返すインフレ・スパイラルに繋がる可能性は低いのです。

 

これは、まさしく朗報です。FRB高官は、インフレ期待がしっかりと固定されているとの見方から、以上のように主張するでしょう。この解釈に異論はありませんが、その裏には、アメリカで物価と賃金を決定する構造が、グローバル化と競争激化によって、以前ほど寡占的ではなくなったという事実があるのだと思います。実は私は、交易条件が悪化するほど、財とサービスのインフレが加速するのではなく、資産デフレが加速するのではないかと思っています。

 

現代版の恐慌を回避するには

負債比率の高い経済において、資産価格デフレは、財とサービスの一時的なインフレに比べてはるかに悲惨な結果をもたらします。当初、財とサービスのインフレ率がきわめて低い水準にあった場合は、特にそう言えます(交易条件の悪化の打撃を受ける財やサービスは除きます)。なぜ、そうなるのでしょう? 答えは簡単です。交易条件の悪化のショックと資産デフレが同時進行すれば、単なる景気後退にとどまらず、はるかに厳しい状況に陥りかねないからです。さらに、出発点の財とサービスのインフレ率が低ければ、FRBは名目短期金利を引き下げる余地が当初からあまりなく、ゼロ金利という下限、つまり流動性の罠としてよく知られている点にすぐに達してしまいます。

 

したがって、交易条件の悪化が資産デフレと重なっている場合は特に、賃金の柔軟性が高いほど、政策当局が景気の下振れをコントロールできなくなるリスクが高まります。だとすれば、交易条件が悪化した後、FRBがインフレ率総合指数の上昇を容認する根拠になります。

 

もちろんFRBは、二次的、三次的な影響という懸念すべき事態に陥る可能性を認識しなければならず、インフレ率の一時的な上昇によって実質賃金と実質利益が確かに低下しているかどうか、常に監視しなければなりません。しかしながら、下のグラフが示しているように、以上の見方を支える事実があると想定するなら、FRBにとって似たような状況にある各国の中央銀行にとっても交易条件悪化の影響を払拭しようと、金利を引き上げるのは、まったく愚かな行為だと言えます。定義上、悪影響を払拭することはできません。そして、払拭しようとすれば、さらに厄介な状況を引き起こすことになります。この場合、中央銀行のモットーは、医師のそれとおなじであるべきです。まずは、傷つけないことが重要なのです。

 

交易条件が悪化した後のこうした緊急事態について、FRBは熟知していると私は思います。これは、インフレ期待が上昇するのを防ぐために、FRBが厳しい姿勢を見せる発言を行わないとか、行うべきでないということではありません。しかしながら、結論としては、交易条件の悪化というカップが賃金インフレという口元から大きく離れている限り、FRBはカップについて語りながら、口元に集中するべきなのです。

 

 

 

結論

以上から言える点として、実質短期金利が低く、マイナスにすらなる期間がかなり長引くことになります。FRBが名目の短期金利をそれほど低く抑え、実質金利をマイナスにするのは罪深く、不道徳的であるとする考えが主流であることは知っています。ですが、私はこの考えに与しません。市場に労働力しか提供できない人を交易条件の悪化から守るべきではないとする一方で、現金を保有する人を救済すべきだとする理由はあるでしょうか?

 

交易条件が悪化した後は、生産のすべての要素は、実質リターンへのマイナスの影響を吸収しなければなりません。労働賃金と資本利益をインフレ率総合指数に連動させるのが不適切であるとすれば、FRBはなぜ現金の利回りをインフレ率に連動させなければならないのでしょうか?

 

そして、現金保有者がそれを嫌えば、どうなるのでしょう? リスク領域に踏み出すことができます。結局のところ、資本主義の基本では、リスクのないところにリターンはないのです。そして、交易条件の悪化に伴い、インフレ率が一時的に上昇することは、経済にとって必要な実質での調整を行う上で有効な潤滑剤なのです。

 

ポール・マカリー

マネージング・ディレクター

2008616

 

1 http://www.federalreserve.gov/newsevents/speech/Kohn20080611a.htm

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