信用、市場、実体経済:金融システムは機能しているのか?逆ミンスキー過程
第17回ハイマン・ミンスキー年次総会にあたり、米国および世界経済の現状に関するコメント
信用、市場、実体経済:金融システムは機能しているのか?
逆ミンスキー過程
2008年4月17日
本日は、このように権威ある集まり ― ハイマン・ミンスキーがよく知られているだけでなく、最も尊敬されている集まりでお話する機会をいただき、大変光栄に存じます。ディミトリさん始め、皆様ありがとうございます。皆様方とは違って、残念ながら私自身は、偉大なるミンスキー教授に直接お目にかかる機会には恵まれませんでした。しかしながらプロとしてのキャリアにおいて、教授の著作には多大な影響を受けてまいりました。実際に、私自身の仕事においても、またPIMCOにおけるポートフォリオ ― 7,500億ドルを超える債券、あるいは、ミンスキーの金融不安定仮説の言葉を借りれば、いわば飲み物をかき混ぜるストローの役割、債務ユニットを運用する上でも、この2年ほどミンスキーの影響を強く受けた時期はありませんでした。
5年以上前になりますが、ビル・グロースにミンスキー論を紹介した時のことを忘れることはないでしょう。2001年から2002年にかけて、エンロンをはじめとする企業の債務危機が起きた時のことです。私は、これは「ミンスキー・モーメント」であると宣言しました。この言葉は、アジアの債務危機が起きた1998年に思いついたものです。新しい概念に出会った時はいつもそうなのですが、ビルはこの言葉に興味を示し、ミンスキーの著書を貸して欲しいと言ってきました。そこで1986年版の『金融不安定性の経済学(Stabilizing an Unstable Economy)』を貸しました1 。ビルは最初から最後まで熟読し、ミンスキーに徐々に傾倒するようになりました。そして不動産価格、住宅ローン債務、影の銀行システムの三つ子のバブルの最後の年にあたる2006年には、揺るぎないミンスキー信奉者になっていました。
私たちPIMCOでは、来るべき事態への準備ができていました。この点について、ミンスキーは正確に描いており、私はこれを「逆ミンスキー過程」と呼んでいます。まずポンジー・ユニットが消滅します。次に投機ユニットがポンジー・ユニットになり、立ち行かなくなります。投機ユニットのうち生き残るのは、銀行から正式に流動性支援を受けているユニットだけになります。その銀行自体は連邦準備制度理事会(FRB)から正式に流動性の支援を受けています。もちろん、ヘッジ・ユニットは基本的に健全で生き残るものの、価格は割安になり、長期的にみれば絶好の買い場となります。
これは、まさしく1年ほど前から起きているプロセスそのものであり、資産担保コマーシャル・ペーパー(ABCP)の保有者がポジションのロールオーバーを拒否したことで、影の銀行システム ― (1)預金保険や(2)FRBの割引窓口を利用できないレバレッジ・ベースの借り手 ― が現代版の「取り付け騒ぎ」に見舞われた、昨年8月以降のプロセスそのものだと言えます。これは、愉快なことではありませんし、美しい光景でもありません。そして、未だ収束していません。
ここに至るまでに政策当局は、ミンスキー・モーメントの後には逆ミンスキー過程が進行するということを徐々に認識するようになってきました。しかしながら私は、「徐々に」という点を強調しておきたいと思います。というのは、総じて政策当局はいまだ覚めやらぬ否認の気持ちを持て余している状況だからです。その一因は、人間の本性にあります。逆ミンスキー過程を理解するにはまず、それに先立つ順ミンスキー過程、つまり負債創造の限界的なユニットが、ヘッジユニットから投機的ユニットへ、さらにはポンジーユニットへと変化することにより、資産価格と債務価格にバブルが発生してきた過程を認識しなくてはなりません。
これは政策当局にとって容易なことではありません。バブルが形成されている過程でそれを把握することは不可能だと主張し、したがって、バブルに対抗する予防策というのは妥当ではないと思う人々にとっては、尚さらそう言えます。自らの理解力不足や愚かさ、怠慢、あるいはその3つすべてを進んで認めようとする人間はいません。
しかしながら、逆ミンスキー過程によるダメージを和らげる政策を立案するためには、政策当局にそうすることが求められるのです。現在の状況に至ったのは、金融資本主義の不正な手ではないにしろ、見えざる手を放置した結果、まさにミンスキー教授が予言した通りの動きを見せたためなのであり、これを防ぐには循環的な景気変動を促す政策ではなく、景気変動を抑える規制、「見える拳」によって歯止めをかけるべきであったと、当局が公に認めなければならないのです。
これは何も、短期的な利潤動機による金融取引の革新に対し、政策当局が先回りすることができると、ミンスキーが確信していたというのではありません。むしろミンスキーが考えていたのは、その逆です。
事業家や金融仲介機関が貪欲に利潤を追求する世の中では、革新者がつねに規制当局を出し抜くことになるであろう。当局は、ポートフォリオ構造の変化を防ぐことはできない。当局にできうることは、さまざまなタイプの資産に、自己資本負担率を設定することによって、銀行の資産・自己資本比率をある範囲内に保たせることぐらいである。仮に、当局が銀行に対して強制力をもち、周辺銀行やその他の金融機関の活動に通じているとすれば、われわれの経済に内在する破壊的な拡張傾向をうまく弱めることができる。
ミンスキーがこう記したのは、なんと1986年です。20年あまり経った今、私たちは、彼のきわめて的確なアドバイスを忘れてしまったことを嘆くよりほかありません。確かにミンスキーは、バーゼルⅠとバーゼルⅡを予見していたと言えます。しかしながら、いずれの規制も、影の銀行システム ― ミンスキーが巧みに表現するところの「周辺銀行とその他の金融機関」 ― の爆発的な拡大には対応していません。実は、近年における影の銀行システムの成長の大部分は、利潤を求める銀行が連結対象外の特別目的会社を利用して、レバレッジを驚くべき水準に高め、バーゼルⅠの自己資本比率規制を相殺したことによってもたらされたものなのです。
そしてこれは、不動産価格を中心に資産価格が高騰している間は、この上なくうまく行きました。言うまでもありませんが、これによって順ミンスキー過程が推進されました。目を光らせる規制担当者はおらず、規制当局の頂点に立つ権威者が、影の銀行システムの成長を積極的に支援するばかりでした。
もっとも基本的な点として、規制当局は、従来の銀行システムではなく、影の銀行システムがシステミックな流動性リスクにさらされていることを無視しました。影の銀行システムは、預金保険やFRBの割引窓口が利用できず、ほとんどの場合、ターム資金をまともに調達する手段をもたないまま、古典的な取り付けに対してまったく無防備でした。昨年の8月以降に起きたのはまさにこうした事態であり、その決定打が先月のベア・スターンズの破綻でした。
FRBはこれまで、勇敢かつ大胆な策を打ち出し、市場に流動性を供給し、次々に新たな貸出制度を導入してきました。しかしながら、いかに勇敢に見えようとも、最大の影の銀行である投資銀行に割引窓口を開放した先月まで、最後の貸し手としてのFRBの役割は機能しませんでした。影の銀行に又貸しすることを願いながら、商業銀行に流動性を供給する方法では、さほどうまくいかなかったのです。もっとも一部の銀行に(渋々ながら)、バランスシートを拡大させ、影の銀行が吐き出した資産を吸収できるようにした点で心理的効果はありました。
ベア・スターンズの救済が否応なく明らかにしたように、具体的にはベアの買収を促し、さらに重要な点として破綻の連鎖を防ぐためには、FRBは投資銀行に割引窓口を開放するほかなかったのです。真実が明らかになる瞬間があったとすれば、まさにこの時がそうでした。FRBがそれ以外に選択の余地がないことを実行した点については、私は高く評価しています。と同時に、今回のFRBの行動は、商業銀行と投資銀行に分かれた規制のあり方について、徹底的に見直しを迫るものだと考えます。
ごく基本的なことをいえば、FRBの割引窓口を利用できる金融機関はすべて同じように、規制当局の監視を受けなければなりません。事はこのように単純なのです。割引窓口は紛れもなく公共財であり、それを提供できることができるのはFRBだけです。なぜなら、FRBだけが、何もないところから無制限に預金を創造する法的権限を有しているからです。したがって金融機関がFRBの割引窓口を利用するのであれば、商業銀行の場合がそうであるように、その見返りとして、経営の健全性について規制当局の監視を受けなければならず、強制力のある規制に従わなければならないのです。
投資銀行がそれを望まないのは、言うまでもありません。投資銀行に限らず、合理的な人間なら誰もが「フリー・ランチ」を欲するものです。私たち国民のものであるFRBは、フリー・ランチを提供するために創設されたわけではありません。とはいえ、投資銀行はランチを食べなければならないわけではありません。理論上、FRBのカフェテリアで食べる権利を法的に放棄することができ、その場合には、今までどおりでいることは可能です。しかしながら、ベア・スターンズの事例で明かになったように、実際問題として、これは現実的な解決策とはいえません。破綻の瀬戸際になると、大き過ぎて潰せないとか、少なくとも大き過ぎてすぐには清算できないといった場合、割引窓口を利用できるからです。現実は現実なのです。
だとすれば、規制の体制を現実に合わせる必要があります。ここで私は、皆さんに詳細な規制改革案を披露しようというわけではありません。私が示そうとしているのは、単純に根本原則なのです。FRBの窓口を利用する機関については、FRBが当該機関の中核資本要件、リスク管理、流動性管理など、事業全般を監督し、規制する権限を持つべきであり、また持つことになるものと私は確信しています。
ここで再びハイマン・ミンスキーに戻ってきます。これも1986年のことですが、いかにすればFRBが商業銀行にもっと監督権限を行使できるか、ミンスキーは強力ながら単純な提案をしています。この提案は、投資銀行にも(そして、最終的に割引窓口を利用することになる負債比率の高いその他の金融機関についても)当てはまると私は考えています。ミンスキー自身の言葉を引用します。
商業銀行の準備は、主として、FRBが政府証券を所有することから発生する。銀行システムに準備を供給しうる手法は、このような政府証券・公開市場操作だけではない。大恐慌以前には、金(きん)に裏付けされない準備の大部分は、銀行による割引窓口での借入に基づいていた。銀行準備の正規の供給源として銀行窓口を復活させることは、商業銀行に対してFRBの管理を強化する一手段である。商業銀行がFRBの割引窓口で正規に借入を行うようになれば、商業銀行は必然的にFRBの指導を受け入れ、それに応じることになるであろう。
銀行準備が主に、公開市場における政府証券の購入の結果としてもたらされるものである限り、巨大銀行は事実上、FRBからの圧力に影響を受けない。正規の業務機能として、銀行の割引窓口での借入が必要になっているのであれば、その時には、銀行の自己資本の適切さと資産構造とがFRBの監督下に置かれることになるであろう。銀行準備の正規の源泉として銀行窓口を多用するようにシフトさせていくことによって、事業および資産保有に対する銀行融資のあまりにも急速な拡張のために生じる経済の不安定化作用は、うまく緩和することができる。
FRBが割引窓口を多用するべきであり、バランスシートの左側での公開市場操作を減らすべきとの考え方には、まったく同感です。そして、昨年8月以降、特に12月にTAF(ターム物資金入札制度)を導入して以降、FRBが行なってきたのは、まさしくこれであり、これ以降、さらに流動性供給制度が作られています。これは、しごく理に適っていると思えます。ミンスキーが言っているように、そして私の息子でさえよくわかっているように、必要な準備を手に入れるために、借り入れしか方法がないなら、借り手は貸し手の言うことを聞くでしょう。
確かに、投資銀行持ち株会社が傘下に銀行を保有していない場合、FRBに準備義務のある預金を持っていないといったように、小さいながら厄介な問題はあります。しかしながら、私からすれば、これは克服できない問題ではありません。FRBは単純に、投資銀行と商業銀行双方が使っている短期の、非預金性の資金調達手段の一部に準備要件を課して、投資銀行と商業銀行の競争条件を同等にすることができます。
繰り返しになりますが、今、申し上げたことは、今後必然的に起こるべき、あるいは起こりうる規制改革の包括的な案ではありません。ですが、ミンスキーの知恵には、ダイヤモンドのように輝く優れた価値があると考えます。そして、FRBもその価値を認めており、薬指とはいかなくても、少なくとも小指にはそれをはめているのです。
ここで再び出発点に戻ります。金融資本主義それ自体が、本質的にバブルとその崩壊を引き起こすものであるとのミンスキーの洞察は、単に正しいというだけにとどまらず、恐ろしいほどに正しいのです。そして金融規制当局が、その役割を果たさないだけでなく、直接に規制権限が及ばない部分で行なわれる金融イノベーションを積極的に支援する時、その先に続く悲劇が始まりつつあるのです。昨年私たちはこれを身をもって学んだのです。私たちが銀行の規制について ― 従来の銀行の規制についても、影の銀行の規制についても ― 良識を取り戻そうとする際、ミンスキーという偉大な人物から学ぶべきこと、また改めて学び直すべきことはたくさんあります。
ミンスキーの功績を信奉する者として、本日ここで皆様を前にお話できたことは非常に光栄です。正直に申し上げると、ハイマン・ミンスキーは、PIMCOの投資委員会の影のメンバーと言っても過言ではありません。いえ、実際にそれ以上の存在なのです。
1 ビルは私から本を借りたことを忘れてしまい、1年あまり後、本の中のある一節について尋ねてきました。私は本は彼の手元にあるので調べられない、と答えました。ビルは大変にすまながり、すぐにアシスタントに命じて、私のためにネットで購入してくれました。ビルのような人はJ.P.モルガンなら、素晴らしい借り手だと言うでしょう。
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