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Emerging Markets Watch
カーティス・ミューボーン | 2009年8月
ニュー・ノーマルにおけるエマージング市場
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今年のPIMCOの長期経済予測会議では、世界経済に生じた重大な変化について分析が行われ、「ニュー・ノーマル」と呼ぶべき局面に入りつつあるとの結論が得られました。このニュー・ノーマルが意味するのは、世界経済全体での潜在成長率の低下であり、特に、レバレッジ水準の高い先進国における顕著な低下です。そして、エマージング経済にとってみると、これは輸出需要の減少とレバレッジ主導による世界的な資本のフローの逆転を伴う厳しい状況を意味しています。その一方で、このニュー・ノーマルは外需主導から内需主導の成長にシフトし、さらには、新たな経済的秩序の中で、エマージング諸国が自らの地位を強化する絶好の機会をもたらすものでもあります。

主要なエマージング諸国の中には、他の国よりも、この転換プロセスが先行していると考えられる国があります。米国と欧州、日本は経済的に見て、依然として規模や影響力が最も大きいものの、世界経済への影響という点で、こうした経済は「ティッピング・ポイント」1に差し掛かっています。今回 Emerging Markets Watchではこの転換の臨界点について検証し、それが米ドルのバリュエーションと世界の基軸通貨、準備通貨としてのドルの役割に与える意味について、探っていきます。

投票機か計量器か
金融市場が投票機であろうと、計量器であろうと2、次のチャートは目を見張るものです。中国の株式市場の時価総額はついに世界第2位の経済大国である日本の時価総額を上回りました。わずか3年前の2006年、日本市場の時価総額は中国市場の12倍もの規模を誇っていたのです。今にして思うと、中国買い/日本売りの取引は金融市場における理屈抜きで魅力的な取引でした。この簡単なテーマに投資した投資家は、全体で4兆ドルもの利益を手にすることができました。


読者の中には、今、新たな資産バブルが起きつつあり、中国市場の成長があまりに急ピッチで、行き過ぎであるとの懸念があるかもしれません。もちろん、その可能性を否定することはできません。上海総合株価指数は、予想PER25倍、PBR3.8倍と、伝統的指標から見た場合、割安とはほど遠い状態にあり、金融市場は現在の価値の「計量器」として機能するよりも、将来の期待に関する「人気投票機」と化している可能性が高いと言えます。しかしながら、世界経済に重大な変化が起きていることを示す兆候を、私たちがリアルタイムで目にしているのは事実であり、世界経済における重要性の点で、中国の地位が急激な上昇を続けることは明らかです。現在の為替レートで測定すると3、中国経済は来年、日本を抜いて世界第2位の規模に躍り出ると見られ、中国の時価総額が日本を上回っていることに意外性はありません。

中国がエマージング経済最大の国であることは明らかですが、この現象は中国だけで見られるわけではありません。実際に、世界各国のGDPを見ると、エマージング市場国は上位20ヵ国中、7ヵ国を占めており4、最も急ピッチで成長しているセクターとなっています。中国以外のBRICs諸国5も、低い労働コストや極端に低水準の消費者債務など、ニュー・ノーマルにおいて大いなる比較優位をもたらす共通した特性の一部を備えています。また、BRICs諸国は多くの人口を抱えており、それゆえ、その内需動向は世界的な規模で影響を及ぼすことになります。

国が、世界経済の中で主要な地位を占め、維持するためには、他国への依存度(輸出需要)を低下させ、国内に持続可能な需要の源泉(特に国内消費)を作り上げることが必要となります。規模が大きく、システミックな重要性を有する国々にとって、輸出主導の成長は手段であって目的ではなく、国内需要への移行が進行しています。中国政府による大規模な景気対策(最大5,800億ドル)はこの動きを推進するものであり、GDPを6%以上に維持する役割を果たしています。一方、インドはこうした大規模な景気対策を打ち出すことなく、5%以上の経済成長を維持しています。最近発表されたクレディ・スイスの分析によると6、世界の個人消費における中国の消費の貢献度は2番目に大きく、2020年までには中国の貢献度が世界最大となり、インドも第4位を占めるようになるとみられています。

世界消費の伸びに関する予想
経済を企業に見立てた場合、消費者、企業(投資)、政府、国際(純輸出)の4部門で構成される企業と考えることができます。国内の顧客(消費者、企業、もしくは政府)が限定的な企業は、生き残るための経営戦略として、まず輸出市場向けの製品を作り、その後、需要の拡大に合わせて、他の部門の成長を図る方法を取ることが可能です。次の表が示す通り、数年にわたる構造改革とバランスシート改善の取り組みを経て、内需は既に拡大し始めており、実現に向けた環境が整っています7


この簡単な構成からすると、国内に大規模な消費者部門と企業(投資)部門を抱える経済、すなわち世界の人口の30%を占める中国とインドには決定的な優位性があると言えます。自動車業界を例に取りましょう。中国の自動車販売台数は米国を凌ぐ勢いで増加しています(チャート4参照)。BRICs諸国の人口は米国の10倍に達していますが、自動車保有人口は全人口の3%に満たない水準です。このため、BRICs諸国に自動車保有の巨大な増加余地があることは明らかです。

エマージング経済が臨界点に達することにより、投資面では米ドルの将来の価値にきわめて強く影響が及び、そこから利益を獲得できる可能性があります。第二次世界大戦の終結以降、ドルが世界の基軸通貨として君臨してきたことは明らかです。思慮深く影響力のある市場参加者の多くは、ドルが世界の基軸通貨としての地位に留まり続けると予想していますが、その最大の理由は他にドルに代わる現実的な選択肢がないことにあります。ユーロ8については、加盟国間の政治的統合がないことと、周辺国における深刻な金融危機が障害になるとの指摘が予想されます。英ポンドは確かに18世紀から19世紀に世界の基軸通貨の地位にありましたが、今や英国経済の規模は小さく、候補に挙がるとは思えません。また、20年近くにわたる経済の低迷を経て、経済的地位の低下が顕著な日本の通貨、円に関しても同じことが言えます。

ドルに代わる候補となり得る通貨のリストにBRICs諸国の通貨が入らないことは明らかです。その理由は、BRICs諸国の通貨が自由に交換できないことにあります。BRICs諸国はそれぞれ、外国為替取引を大幅に制限する資本規制制度を導入しています。政府は資本規制を利用して、自国通貨の自由な流出を認めず9、非居住者の為替取引を中央銀行やその代理機関との間でだけ認めることにより、自国通貨をコントロールしています。国際的な大手銀行のトレーディング・ルームでは、ドル、円、ユーロ、ポンド、メキシコ・ペソ、ポーランド・ズロチ、そしてその他多くの通貨を取引し、自らの口座で受け取ることができます。しかしながら、人民元やブラジル・レアル、インド・ルピー、ロシア・ルーブルの売買を希望する場合、それは「オフショア」のデリバティブ市場でのみ可能であり、そうした市場では実際の通貨が交換されることなく、買い手と売り手との間で差金決済されるか、合意した別の通貨で損益が決済されます10

このように、現実的にドルの代替となり得る臨界点を超えたエマージング通貨が存在しないことは事実ですが、米ドルの価値は長期的に下落すると予想すべき数多くの理由があります。

次のチャートが示すように、エマージング諸国は現在、世界の外貨準備の大部分を保有していますが、その主体はドルであり、その後にユーロが続いています。エマージング諸国は米国経済と銀行システムの弱体化とマネー・サプライの急増などの要因により、ドルの価値が長期的に損なわれる可能性に対し、懸念を強めているとみられます。特に、エマージング諸国は最近のG8首脳会議などの国際会議の場で、強い懸念を表明しており、小規模なものかもしれませんが、ドルに対する依存度を低下させるいくつかの方策を採用しています。


たとえば、中国はドルではなく人民元で貿易金融の交渉が可能になるよう、複数の国と通貨スワップ協定を結んでいます11。さらに、複数の国が通貨バスケットであるSDR(特別引出権)建てでIMFが発行する新型債券に、外貨準備の一部を入れ替えることに合意しています。

資本にはどこか流れ込む先が必要ですが、最近のデータは、資本がエマージング国から流出し、主要国に回帰したこの数十年間のパターンがある程度、逆転してきていることを物語っています。世界的金融危機の中、強力な質への逃避が米ドルの追い風となったことは明らかです。しかし、最近になってこうしたフローの逆転が起きています。そして、少なくともその一因がこの危機への対応として、大量に供給されたドルの流動性に対する懸念にあることは間違いありません。実際、エマージング諸国では資本フローの再流入に伴い、中央銀行が自国通貨の上昇を制限するために介入するケースが見られます。レバレッジの削減が進む中、伝統的な資本フローのパターンが逆転したことを示すこれらの暫定的兆候は、通貨選好の重大なシフトを示している可能性があります。

新たな世界の基軸通貨が登場するには至っていないものの、単独で米ドルに代わる通貨がない中、価値の貯蔵手段としてのドルの地位に陰りが見られることは明らかです。これを他の要因と考え合わせると、他通貨、特にエマージング市場通貨に対して、ドルの下落が続くことを示唆していると思われます。したがって、投資家はドルが上昇する局面を有効活用して、通貨エクスポージャーを分散することが妥当かどうかを、検討することが必要でしょう。

カーティス・ミューボーン
マネージング・ディレクター、ポートフォリオ・マネージャー

 


マルコム・グラッドウェル氏は著書『Tipping Point is the moment of critical mass, the threshold, the boiling point.(邦題:ティッピング・ポイント-いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか)』で「ティッピング・ポイントとは臨界点であり、閾値であり、沸点である」と指摘。

2 「いわば、株式市場は短期的に投票機のように機能するが、長期的には計量器の役割を果たす」グレアム、ドッド『Security Analysis(邦題:証券分析)1934年 McGraw-Hill刊  23ページ

3 IMFの2009年4月世界経済見通しに示された、足元の為替レートを使ったドル建ての名目GDP予想。IMFの調べによると、中国は2001年に購買力平価ベースで見て、世界第2位の経済大国となった。

4  2009年4月IMF世界経済見通し。7ヵ国とは中国、ロシア、ブラジル、インド、メキシコ、韓国、台湾。

5  BRICsとはブラジル、ロシア、インド、中国。

6 クレディ・スイス 2009年7月16日 『China’s Economic Outlook,』Dong Tao, Chief Economist, Non-Japan Asia Economics Research

7  エマージング諸国全体における構造改革と制度改革に関する分析は、過去のEmerging Markets Watchを参照。http://www.japan.pimco.com/LeftNav/ContentArchive/Default.htm

8  ユーロが会計上の通貨として発足したのは1999年1月1日であり、硬貨と紙幣の流通が始まったのは2002年1月1日。

少額の紙幣と硬貨の持ち出しは可能だが、非居住者の個人及び法人がそれを交換したり、銀行に預金したりすることはできない。

10   ISDA契約書に基づくノン・デリバラブル・フォワード(NDF)市場。

11  ブラジル、香港、インドネシア、韓国、マレーシア、ベラルーシ、アルゼンチン。

12  ニクソン政権時代の財務長官ジョン・コナリー氏

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