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この世界金融危機については、これまでに数多くのレポートや記事が書かれ、さまざまな議論が繰り広げられてきましたが、そのほとんどが短期的な動向、すなわち、この危機の「底」を探ることに重点を置いたものでした。これに対し、PIMCOはより長期的な視点から、この危機を分析しています。ビル・グロースはInvestment Outlook 4月号において、世界経済の将来に関するPIMCOの考えの一部を紹介しました。こうした長期的テーマについて、PIMCOでは5月に開催する年に一度の長期経済予測会議において、詳細に議論することになります。ビル・グロースが指摘した傾向の1つとして(1)レバレッジの削減や(2)ディグローバリゼーション(グローバル化の後退)、(3)規制強化の進行に伴う、世界経済の長期的成長率の低下があります。
エマージング市場経済とその投資家にとって、先進国経済のトレンド成長率の低下と国境を越える資本フローの縮小が同時に起きる状況が厳しいものであることは明らかです。幸いにして、この資産クラスは過去5年間で十分な発展を遂げ、成熟が進んだため、投資家はこうした環境に合わせてエマージング市場向けエクスポージャーを調整することが可能であり、場合によっては、こうした環境から利益を得られる可能性もあります。事実、エマージング市場において、適度な「防御」を実現している投資家は、一般的に「攻撃的」なポートフォリオから得られる水準に匹敵するトータル・リターンを獲得できる十分な機会を手にしています。
原罪、その新たなる形今回の危機が発生した時点において、エマージング市場国は全般に良好な状態にありました。全体として、巨額の対外黒字を計上しており、それが外的ショックを吸収する外貨準備高の急増につながりました。また、資金調達手段をドル建て以外にも分散させ、現地通貨建て市場の厚みも増しました。事実、ブラジルなど、一部のエマージング市場国では過去の「原罪」1から得られた教訓を十二分に活かし、この危機が発生した時点までに、ドルに対する自国通貨の緩やかな下落から利益を得られる債務構造を作り上げていました。
確かに、世界経済を全体として見た場合に顕著であった大規模な不均衡は、持続不可能なものであり、修正が必要でした。2008年9月15日まで、不均衡の修正は比較的、秩序だった形で進んでいました。米国経済は減速過程にあり、ドル安が進行し、米国の輸出セクターの急成長がG3経済の悪化に対する希望の光になるとの期待が高まりました。しかし、その後発生したリーマン・ブラザーズの破綻により、この不均衡の修正は秩序立ったものから、無秩序なものへと変化したのです。基本的な金融取引を決済する世界的なシステムは、単なる機能障害にとどまらず、事実上の機能停止に追い込まれました。信用と資本の世界的なフローは一夜にして止まってしまったかのようであり、それが米国の貯蓄を強制的に急増させ、消費は落ち込みました。エマージング市場にも、きわめて短期間に重大な影響が生じました。おそらく2008年第4四半期の段階で、その影響を最も鮮明に表していたのはアジアでしょう。アジアはその成長の原動力として、米国の個人消費に最も依存しており、鉱工業生産が衝撃的な落ち込みをみせたのです。
リーマン・ブラザーズの破綻により、エマージング市場で発生したもう1つの巨大な負の外的要因は、信用創出の消失に伴う米ドル需要の急増でした。世界中のさまざまな機関は、償還を迎える債務の借り換えに際して、資本市場が正常に機能することを期待できなくなり、世界的にドル建て償還資金の獲得競争が起きました。この破壊的なテクニカル要因はエマージング世界全体を呑み込み、世界の民間部門は自らが大規模なドル不足にあるという事実を突如として突きつけられることになりました。この危機に先立って、多くの企業の財務部門は大幅なアウト・オブ・ザ・マネーのドルのコール・オプションを売却しており、ドルを確保しようとする動きの中、それが短期間にイン・ザ・マネーとなったため、被害が拡大しました。このように、発生当初、この危機は国家のバランスシートに重大な影響を及ぼさなかったものの、その一方で、民間部門のバランスシートでは、過去のエマージング市場危機で国家財政を蝕んだような負の債務連鎖が発生したのです。
左側テールの最小化 この強烈なテクニカル要因がもつ危険性は、本来であれば健全であったはずのソブリンのファンダメンタルズを悪化させ、危機が拡大かつ深化し、ソブリンのバランスシート自体の債務履行能力が疑問視されるようになることです。たとえば、メキシコでは、外国為替市場で企業部門の脆弱性に対する懸念が浮上したことで、メキシコペソが下落し、メキシコ中央銀行は景気サイクルを平準化させる金融政策を遂行できないのではないかとの懸念につながりました。これはメキシコ国内で景気後退がさらに進行するとの懸念を高めるものとなり、外貨準備高の減少に伴って、ソブリンの信用力に対する疑問が生じ、それが一層のペソ売り圧力につながることになりました(チャート2参照)。
このように自己増殖する動きは、エマージング各国において何らかの形で見られましたが、その規模や流動性、良好な信用履歴、そしてエマージング市場を代表する国としての重要性から、それが最も顕著に表れたのがメキシコでした。この動きに対応し、メキシコ財務省と中央銀行は市場の活性化を狙った政策を取ったものの、実際には市場をパニックに陥れる結果となり、それがエマージング市場の投資家の落胆を誘うことになりました。メキシコは2月に長期外貨建て債の発行を計画したものの、時期が悪く、発行に漕ぎ着けることができませんでした。さらに、その1週間後、メキシコは利下げを実施しましたが、市場の予想よりも小幅なものとなり、この金融危機により、景気サイクルを平準化する政策を実行する当局の能力が低下していることを示唆する結果となりました。
この空隙を埋めるため、国際通貨基金(IMF)は、ファンダメンタルズがきわめて良好で、健全な経済政策の策定と実行に優れた実績を残している国を対象に、フレキシブル・クレジット・ライン(FCL)制度を導入しました。FCLでは利用条件が事後対応から事前対応に変更されており、ローンの借り入れ制限は撤廃され、モニタリングも緩和されています。こうした措置はいずれも借り入れの柔軟性を高め、以前のIMF融資制度が持つ欠陥に対応しようとしたものです。また、FCL制度はIMFにとって、これを利用する信用水準の高い国との関係改善を図る手段でもあります。この制度は前もって、きわめて柔軟な形で強力な支援を提供するものであり、参加国はこれを必要な際に利用できる与信枠、もしくは保険と捉えることが可能です。重要な点として、4月上旬にG20がIMFの資本基盤の大幅な強化に合意し、融資能力を7,500億ドルに拡大することが打ち出されたことで、FCLに対する裏付けも確保されました。
攻撃は最大の防御メキシコが他国に先駆けてFCLの利用を申請する意思を明確にしたことに意外性はなく、世界的なクレジット危機の影響を最小化する新たなアプローチが示されたことで、メキシコの金融市場は全面的にラリーしました。メキシコは1年間のプログラムにより、470億ドルの資金を利用することが可能です。これはメキシコの信用残高や外貨準備高の水準に対する懸念を低下させるに十分な金額でした。市場はメキシコ政府が、ためらいがちで防衛的な政策スタンスから、大胆かつ積極的で、危機に対して予防的に対処しようとする政策にシフトしたことを歓迎しました。また、メキシコはFCLの利用申請を決めると同時に、政策金利を1.5%引き下げました。これはメキシコ当局があらゆる手段を使って、この危機の影響の緩和を図ろうとしていることを示す強力なメッセージとなり、通貨とクレジット市場のラリーがさらに進みました。
メキシコの成功に続き、ポーランドもFCL制度の適用を申請すると発表しました。これを受けて、通貨ズロチはラリーし、国内金利も低下、クレジット・デフォルト・スワップのスプレッドは今年の最低水準に縮小しました。フィッチはポーランドの信用格付を据え置き、金融市場の変動性が低下するとの期待から、ポーランドによるユーロ導入の見通しは高まりました。IMFは慎重を期して、どの国がFCLを利用可能か、開示していませんが、ポーランドはこの制度の利用を申請することにより、投資家に対して、中欧諸国の中で今回の危機を乗り切る能力に長けていることを示したと言えます。
このポーランドとメキシコは双方とも、きわめて困難な世界的なマクロ経済環境の中でも、FCLを通した多国間支援に悪いイメージがつきまとわないことを理解している国の代表例だと言えます。事実、世界各国は経済を確実に安定させるために、可能なあらゆる手段を実行する必要があります。実際にコロンビアは当初、この制度を懐疑的に見ていましたが、現在では賢明にも、FCLの取得を正式に申請しています。FCLには、市場の変動がきわめて激しい中にあっても不足する資金の調達が可能なことを投資家に強力にアピールできるという利点もあり、そのためFCLの利用が可能とみられる南アフリカとペルーなどの諸国も、有効活用すべきです2 。そうすることにより、こうした国が資金調達のためにこの制度を利用せざるを得なくなるという可能性そのものが低下することになります。
G7の地盤沈下多くの点で、エマージング市場国の政策当局は、この危機の影響を緩和するために全力を尽くしてきた先進国、特に米国の政策当局が打ち出した手段を踏襲しています。量的緩和は日本、スイス、英国、米国が採用した直近の手段です。主要国中央銀行の中では欧州中央銀行だけが量的緩和の採用に抵抗していますが、市場ではFRBによる量的緩和導入以降、ユーロが対ドルで下落しており3 、大胆な政策行動が歓迎され、政策対応の遅れは嫌気されています。
では、こうした大胆な政策がもたらす、意図せざる長期的な帰結はどうでしょうか。FRBは米国の政策当局が直面するさまざまな問題の中でも、間近に迫りつつあり、危険性が最も高いデフレとの戦いに集中する適切な戦略と取っています。その結果、ドルを大量に保有する国、特に中国は、保有する米ドルの価値に対するFRBの政策が長期的に与える影響について、疑問視し始めており、G3からの需要が低下する中で国内の成長の原動力の育成に力を注いでいます。事実、ドルの基軸通貨としての立場に対する疑問は繰り返し浮上しており、米国財務省も、世界の金融におけるIMFのSDR(特別引出権)の役割を、これまでより拡大しようとする考えを必ずしも排除しないと示唆しています。米ドル保有の価値を疑問視することが中国にとって、理に適っているのだとすれば、それは米国にとっても同じなのでしょう。
防御は最大の攻撃こうした傾向を念頭に置いた上で、どのようにエマージング市場に投資すべきでしょうか。PIMCOは、現在の危機が世界的な成長環境の長期にわたる構造変化を示すものと捉えており、高い安全性を確保しつつ、適度なキャリーを得ることもできる信用水準の高い債券に、エマージング市場向けエクスポージャーを集中させ、「防御的」なスタンスを取るべきと考えています。同時に、IMFのFCL制度によって強化され、充実した政策資源を備える一部の国の政策当局は、大胆な利下げによってこの危機に対応しているため、「攻撃」的に投資することも可能です。特に、ブラジルとメキシコでは、国内金利水準が先進各国を大幅に上回っており、長期的かつ大幅とみられる金融政策緩和を開始させたばかりです。最後に、投資家はドルの上昇に対する循環的な追い風が弱まるに伴い、ドルからの長期的な分散投資戦略を再度、検討すべきです。現在、キャリーがプラスであり、この危機が悪化し、価値の貯蔵手段としての米ドルに対する信頼感が崩壊した場合に、ドルに代わる選択肢となり得る人民元に対して、構造的な観点から長期的に資金を配分することも、1つの方法です。
マイケル・ゴメスエグゼクティブ・バイス・プレジデント
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1 かつて、エマージング経済が国内通貨建て債務を発行して借り入れ需要を満たすことができず、その代わりに、「ハード・カレンシー」建てで借り入れを行なっていたことを指す。
2 一部のアジア諸国もFCI制度を利用可能と思われるが、1997年のアジア危機以降、この地域では多国的支援の重要性が薄れ、地域内の 二国間の取り組みに重点が置かれているため、参加の可能性は低いかもしれない。
3 2009年3月18日にFRBが量的緩和の導入を発表した直後、ユーロは対ドルで上昇したものの、その後、本稿執筆日(2009年4月21日)の取引終了時までに約4%下落。
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