時計の針は戻るのか、進むのか
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2008年12月15日、エクアドルの外貨建て政府債務でデフォルトが発生しました1 。このデフォルトは、エマージング市場の投資家にとって無視できないものですが、過去1年間で金融市場の予想を超えた動きや、通常ではあり得ないような動きに慣らされてしまった世界の投資家にとっては、特段目を引くものではありませんでした。しかし、このエクアドルのデフォルトの持つ意味、すなわち、このデフォルトにより近年の安定に終止符が打たれ、かつてのようにエマージング諸国でソブリン債務問題が発生するのだろうか、それとも、これは単発的な事象に過ぎないのかという問題は、あらゆる投資家にとってきわめて重要であると、PIMCOは考えます。
この点について探るには、まず、このデフォルトの性質を理解することが重要です。50億米ドルに上る外貨準備を保有しているにもかかわらず、エクアドルが3000万ドルの利払いを実行しないと決めたことは、債務の履行能力ではなく、履行する意思がないことを明確に示すものです2 。また、このデフォルトは現在の世界的金融危機の新たな現実、すなわち、世界的に進行するレバレッジ解消と信用収縮により、限界的な、もしくは高リスクの投資商品に向かう資金が減少することを実証してみせました。一部の借り手にとっては、将来の資金調達の可能性が大幅に縮小したことになり、デフォルトのコストが低下したと捉えられています。そして、アルゼンチンやベネズエラといった非伝統的な経済戦略を採用する国の債務不履行に対する懸念が大幅に高まっています。実際、2008年9月上旬に900ベーシスポイントであったアルゼンチンのデフォルトに対するCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の保証料は、2008年末には4500ベーシスポイントに上昇しています。ベネズエラの保証料も同じように、700ベーシスポイントから3250ベーシスポイントに上昇しています。
今後、この世界的な信用危機はエマージング諸国全体にドミノ効果を生じさせ、結果として、1980年代、もしくは1930年代のような連鎖的なデフォルトにつながると考えるべきなのでしょうか。わずか18ヵ月前には想像もつかないできごとが立て続けに起きたこの1年間を見てきた後では、今後あらゆることが起こりうるという可能性を意識せざるを得ません。しかし、さまざまな事態が起きる可能性があることを認識しながらも、PIMCOはクレジット間の差別化が進み、システム上重要であり、国外もしくは国内より支援を期待できる国や企業が、そうした支援を期待できない国や企業を大幅にアウトパフォームすると考えています。
外部からの政策的支援の代表的な例として、FRB(米連邦準備理事会)がブラジル、韓国、メキシコ、シンガポールの各中央銀行との間で結んだ300億米ドルの通貨交換協定があります3 。この協定により、4ヵ国の中央銀行は必要に応じて、300億米ドル相当の自国通貨をFRBが提供する300億米ドルと交換し、ドル建て債務の返済能力を高めることが可能になります。これは金融危機とそれに伴う資本流出が外貨準備を減少させ、リスクの上昇を招き、それが一層の資本流出につながるという、悪循環の可能性を低下させる効果的な政策対応手段です。
今回の危機は、現代のグローバルな金融システムのさまざまな脆弱性を白日の下に晒しました。その1つが信用創出の非対称性です。レバレッジや、部分準備銀行制度、もしくはそれに類似した制度による信用創出は、信用による資金引き出しよりもはるかに容易だということが明らかになりました。通貨交換協定が持つ素晴らしい特性の1つに、一定の限度までは、外国中央銀行に対する最後の米ドルの貸し手として機能するということが挙げられます。自国に米ドル4 が流入する場合には、米ドルを買うために自国通貨をほぼ際限なく発行し5 、外貨準備を増やすことが可能である一方、資金が流出する局面になると、売却できる米ドルは自らが保有する金額に限られるという点は、外国中央銀行特有の脆弱性の1つと言えます。1997年のアジア通貨危機など、過去の事例では、逃げ遅れることを嫌った外国人投資家が我先にと資金を引き揚げたため、外貨準備に対する「取り付け騒ぎ」ともいえる事態が起きました。今回の通貨交換協定は事実上、資金流出に対処する能力を高める措置であり、それにより、流出が起きる可能性を低下させるものです。
こうした外部からの支援に加え、今回の危機発生の時点で財政基盤が比較的強固な状態にあった国は、国内で独自の政策対応を取ることも可能です。こうした政策対応としては、さまざまな可能性が考えられますが、その代表的なものとして、政府が資金を借入れ、公共投資を実行し、経済活動を刺激する財政支出があります。たとえば、ブラジル、ロシア、インド、中国のBRICs4ヵ国は既にさまざまな対応を打ち出しています。なかでも、中国は住宅やインフラ、農業、医療、社会保障の整備に対する公的支出を含め、国内消費の活性化を目的に、総額4兆元6 に達する対策を打ち出しています。ロシアも1860億米ドル相当の景気対策を発表しており、より小規模ながら、インドとブラジルも同じような対策を打ち出しています。
過去へ戻るのか、未来へ進むのか
このEmerging Markets Watchをいつもお読みいただいている方は、多くのエマージング諸国が生活水準の改善と需要の源泉の内需シフトという2つを目標とした長期的な道のりを歩んでいるとのPIMCOの見方について、よくご存じでしょう。労働力と財のグローバル化が進行するに伴い、たとえば中国とインド、ドイツ、米国の自動車産業労働者の賃金格差は収斂すると予想されます。つまり、中国とインドの労働者の生活水準はドイツと米国の労働者の生活水準対比で、顕著に上昇することになります。
興味深いのは、今回の世界的金融危機を受け、多くのエマージング諸国が打ち出した政策対応により、この歩みが加速すると考えられることです。その最も良い例が中国でしょう。中国は高水準の経済成長を持続させるために大規模な国内インフラ整備計画をまとめました。中国は国内貯蓄率の高さを原動力とした、内需を拡大する余地があります。これと対照的なのが米国です。米国も大規模な財政支出計画を発表すると考えられますが、現在の危機発生の際、米国の家計貯蓄率はきわめて低水準であり、場合によってはマイナスでした。そのため、米国の消費者にとって、住宅や最近購入した薄型テレビを手放すことなく、貯蓄を増やし始めることができれば上出来といえるのに対し、中国の消費者は貯蓄の拡大に加え、新たな住宅や薄型テレビの購入も視野に入れることができます。
今回の金融危機に際して、国内で危機対応が可能な良好な状態にある国、また外部からの支援を期待できる国にとって、この危機は変化の進行ペースを加速させる役目を果たします。
運用における意味
第一に、エマージング市場の対外債務については、国内要因であれ、外部からの支援であれ、なんらかの「保険」を確保できる国や企業と、そうでない国や企業との差別化が大々的に進むでしょう。ブラジルや韓国、メキシコ、シンガポールといった国がデフォルトする確率は低く、こうした国々のソブリン債務スプレッドは現在、リスク・リターンから見て魅力的な投資機会を生み出しています。反対に、非伝統的経済戦略を採用する国は資金調達が大幅に困難になると考えられ、こうした発行体のデフォルト確率は顕著に上昇すると考えられます。
第二に、米国、欧州、日本における極端に低下した政策金利と、世界的な景気の急減速は、多くのエマージング諸国で政策金利の低下余地を生み出します。さらに、今回のグローバル危機の震源地は先進国であるため、この危機が発生するまでにバランスシートを改善7 させてきた多くのエマージング諸国にとっては、過去の危機と決別する機会になります。かつて、危機が発生した場合にエマージング諸国が取る政策対応は利上げと財政引き締めが一般的でした。しかし、今回、エマージング諸国はこれまでのところ、世界的危機と国内景気の悪化に対応して、政策金利を引き下げています8 。過去の危機でこうした対応を取ることができたのは先進国だけでした。PIMCOはこれを時計の針が戻るのではなく、進んでいる証拠であると捉えており、政策金利は今後さらに低下する可能性があるとみています。
最後に、国内金利の低下と世界的なレバレッジ削減に伴う信用収縮、外需の後退により、エマージング諸国の通貨に対して下落圧力がかかるでしょう。JPモルガン・エマージング・ローカル・マーケッツ・インデックス・プラスはこの1年で3.8%下落し、昨年中盤につけた直近の最高水準を13%下回っており、市場はこうした逆風をかなりの部分で織り込んでいるといえます。PIMCOは、今後も多くの中央銀行は資本流出に歯止めをかけるため外貨準備を投入するということに対して慎重な姿勢を崩さず、特定の為替レートを維持するよりも、為替レートの変動を抑制しようとすると予想しています。固定為替相場制に脆弱さがあったアジア通貨危機のような過去の混乱と異なり、今回は変動相場制が世界的なレバレッジの引き下げによる国内経済への悪影響の波及を最小化する役割を果たすと考えられます。このように、PIMCOは足元の短期的な逆風を踏まえた結果、対ドルでエマージング通貨全般が上昇傾向を辿るとするこれまでの中長期的な強気の見通しに若干の修正を加えました。
カーティス・ミューボーン
マネージング・ディレクター
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