ディカップリング
エマージング市場経済はこの数年、力強い成長を遂げてきましたが、戦後最悪の金融危機に見舞われたことで1、こうした成長にも陰りが出るのではという疑問が生じるのも無理からぬことです。米国経済の急激な減速と世界的な銀行システムの大規模な収縮が発生すると、以前であれば、ほぼ間違いなく、エマージング市場の投資家にとって惨憺たる結果がもたらされたたことでしょう。しかし、今回はこれまでのところ、そうした事態には至っていません、その理由はどこにあるのでしょうか。そして、投資家には今後、どのような事態が待ち受けているのでしょうか。
エマージング市場の「ディカップリング」に関して、さまざまな議論が繰り広げられてきましたが、そもそも、ディカップリングとは何を意味するのでしょうか。このディカップリングの動きを的確に理解するには、金融市場の結びつきと実体経済の結びつきを区別する必要があります。この2つの点について、順にみていくことにしましょう。
この金融市場の結びつきはPIMCO社内の配置にも反映されています。PIMCOのトレーディング・ルームでは、国債、モーゲージ債、資産担保証券、クレジットなど、各スペシャリスト債券商品チームに並んでエマージング債運用チームが配置されています。PIMCOではお客様の資金を投資するにあたり、債券市場のすべてのセクターを見渡し、リスクと潜在的なリターンの相対的な価格水準に関して、市場が何を語っているかを的確に理解することに力を注いでいます。PIMCOの多くのポートフォリオはさまざまなセクターに投資しているため、資金はリスク・リターンの観点から最も魅力的な資産クラスに集まりやすくなります。
そこで、2007年8月号のEmerging Markets Watch2では、他の市場と完全に隔離された金融市場は存在せず、他の資産クラスのバリュエーションが低下すれば、エマージング債資産クラスもその影響を受けると主張しました。そして、この点を踏まえ、PIMCOはエマージング債ポートフォリオに慎重なスタンスを採用してきました。
実体経済の結びつきとそれが運用リターンに与える影響はどうなっているのでしょうか。この点に関して、ニューヨークやロンドン、東京のトレーディング・フロアからみるか、実際にエマージング各国からみるかによって、ディカップリングの蓋然性と種類について得られる感覚は全く異なったものになります。
先進国のトレーディング・フロアでは、米国と他の先進国で景気減速の可能性が浮上すると、エマージング市場の成長減速は避けられないと見がちです。結局のところ、米国経済は世界最大の経済であり、米国の消費者は世界的な需要の最大の源泉です。そして今では彼らが長年ATM代わりに利用してきた住宅の価値が下がり、もうキャッシュは引き出せなくなり3、アジアからの薄型テレビや欧州エマージング国で製造された贅沢品はもはや購入できません。こうした見方を取るグループでは、ディカップリングが幻想であり、減速する先進国経済とエマージング国経済の連動性が再び高まるのも時間の問題であるとの考え方が有力です。
対照的に、エマージング各国からの視点は、これと全く異なるものとなります。国によって状況は異なりますが、PIMCOのエマージング債運用チームが各国を繰り返し訪問し、見つけ出した共通のテーマがあります4。そのテーマは先日のロシア訪問の報告書に明確に示されています。「ロシア企業の見通しは強気であり、圧倒的な内需重視の姿勢が強く印象に残った。米国の景気後退は今や遠い世界の問題であり、それを感じられるのは金融経路を通じてのみである」5。ブラジルやメキシコ、ポーランド、中国を訪問したチームも同じテーマを強く主張しています。これは、悪化する先進諸国経済の景況感を受けてエマージング経済が循環的な景気悪化局面入りした過去の例から、弱気で慎重な見方を採る外部の評論家の見解とは対照的です。
では、今回は何が違うのでしょうか。今回のサイクルと過去のサイクルとで唯一最大の違いは、エマージング国全体としてみた場合に、経済成長に必要な資金を外部からの資本流入に依存する必要がなくなったことです。米国経済は減速していますが、エマージング各国では安定した金融環境が高成長を下支えています。次のチャートはブラジル、ロシア、インド、中国、メキシコ(略してBRICM)の国内需要の伸びを示しています。
エマージング諸国の国内需要の強い伸びは今後も続くでしょう。そう断言できる理由は過去のEmerging Markets Watchで度々取り上げた通り、債務の減少、高水準の外貨準備、国内の法制度の整備、インフレ率の低下といったファンダメンタルズの改善が基盤となっていることにあります。政府債務が削減されたことで、脆弱性が後退すると共に、民間セクターに対する投資が盛り上がりを見せています。エマージング経済では現在、消費者による借り入れの成長の初期段階にあり、中国やメキシコ、ロシアの住宅ローンの伸びやブラジルの自動車ローン市場の成長がそれを実証しています(チャート 2)。
多くの国で労働者の賃金は依然として低水準にあるものの、エマージング国の労働者および消費者の所得は今後も増加が見込まれています。長期的にみると、エマージング市場諸国の賃金水準は先進国経済に並ぶ水準に上昇する可能性が高いと考えられます。それに伴い、多くの人口を抱える国が世界の需要を支える源泉となることでしょう。そして、そこに達するプロセスの中で、経済は定義上、ディカップリングすることになります。
しかしながら、この長期的な終着点に至る道のりには目先、数多くの難問が待ち構えています。こうした難問は信用収縮が生み出すものに加え、金融政策手段や為替政策手段を使ってインフレに対応する適切な政策を定義する必要性から発生するものもあります。エマージング諸国では、数年にわたる低インフレ期を経て、多くの国の中央銀行が好調な国内経済と食品やエネルギーといった世界的な素材価格の高騰の板挟みになっています。その一方で、近年の有利な資金調達環境は影を潜め、信用収縮が顕著になり、企業であろうと、家計であろうと、国であろうと、低金利での借入れが難しくなっています。
エマージング国のうち、国によっては、こうした問題を乗り切る能力にはきわめて大きな開きがあります。対外収支が良好で、大規模な経常黒字を計上しており、対外債務が少ない国は自国通貨の上昇を加速させることで、このインフレ懸念に対応することが可能です。こうしたアプローチを採用している国として、中国とロシアがあり、それを実証しているのが中国人民元の動きです。人民元の上昇率は最近になって、急激に高まり、現在は年率15%を超える上昇となっています(チャート3)。こうした国では為替レートの上昇が経済に与える悪影響を、強力な対外収支と国内需要とにより遮断することが可能です。これとは対照的に、ハンガリーやルーマニアといった欧州新興諸国は大規模な経常赤字をファイナンスする必要があり、国内の借り手は巨額の外貨建て債務を抱えています。
こうした状況を総合して、投資に対する2つの重要な結論を導くことが可能です。第一に、他と隔離された金融市場はなく、信用収縮を知らせる鐘は依然として鳴り響いています。そのため、金融市場の結びつきを通じた信用収縮がもたらすリスクはハンガリーやルーマニア、トルコといったファンダメンタルズが脆弱で、大規模な資金調達の必要性がある国を中心に高まっています。第二に、先進国経済の弱さが続く中でも、多くのエマージング国の国内経済が堅調さを維持していることは、過去の世界的な景気悪化局面では存在しなかった投資機会があることを意味していると考えられます。持続的な高成長がもたらすインフレ圧力は自国通貨の上昇ペースの引き上げという手段によって抑制可能なため、対外収支が良好な国の自国通貨建ての投資が魅力的です。概していうと、アジアの新興通貨がこれに該当します。さらに、名目金利と実質金利の高さにより、ブラジル、メキシコ、ポーランドの国内債券投資も引き続き魅力的です。カーティス・ミューボーンマネージング・ディレクター
1 2008年3月17日フィナンシャル・タイムズ紙寄稿 アラン・グリーンスパン『We Will Never Have a Perfect Model of Risk』。
2 Emerging Markets Watch 2007年8月号『誰がために鐘は鳴るやと問うなかれ、鐘は汝がために鳴るなれば』
3 住宅の純資産価値の引き出しに関するさらに詳しい情報は、2006年11月ダラス連邦準備銀行 『Making Sense of the U.S. Housing Slowdown,』を参照。
4 PIMCOのエマージング市場チームはエマージング市場諸国と企業の信用状況について、最新の情報を得るため、現地訪問を行なっています。2007年の現地訪問は合計29回を数え、2008年も既に8回の訪問が実施されました。
5 ポートフォリオ・マネージャー、アンドリュー・ボゾムワースによる2008年2月ロシア出張報告書。
ピムコ ジャパンリミテッド 105-0001東京都港区虎ノ門4-1-28虎ノ門タワーズ オフィス18階 金融商品取引業者 関東財務局長(金商) 第382号加入協会/ (社)日本証券投資顧問業協会(会員番号011-00768)、(社)投資信託協会ピムコジャパンリミテッドが提供する投資信託商品やサービスは、日本の居住者であり、かつ法律による制約のない方に対して提供するものであり、かかる商品やサービスが許可されていない国・地域の方に提供するものではありません。過去の実績は将来の運用成果を保証するものではありません。本資料には、本資料作成時点での著者の見解が含まれていますが、これは必ずしもPIMCOグループの見解ではありません。著者の見解は、予告なしに変更される場合があります。本資料は情報提供を目的として配布されるものであり、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。本資料に記載されている情報は、信頼に足ると判断した情報源から得たものですが、その信頼性について保証するものではありません。自国通貨建て債券以外への債券投資には投資対象各国の通貨価値の変動や経済及び政治情勢に起因するリスクが伴うことがあり、新興成長市場への投資にはかかるリスクが増大することがあります。外国為替相場は短期間で著しく変動し、ポートフォリオのリターンを減少させる場合があります。本資料に含まれる予測や推計及び特定の情報は独自のリサーチを基としており、投資助言や特定の証券、戦略、もしくは投資商品の推奨を目的としたものではありません。運用を行なう資産の評価額は、組入有価証券等の価格、金融市場の相場や金利等の変動、及び組入有価証券の発行体の財務状況による信用力等の影響を受けて変動します。また、外貨建資産に投資する場合は為替変動による影響も受けます。運用によって生じた損益は、全て投資家の皆様に帰属します。したがって投資元本や一定の運用成果が保証されているものではなく、損失をこうむることがあります。弊社が行う金融商品取引業に係る手数料または報酬は、締結される契約の種類や契約資産額により異なるため、当資料には具体的な金額・計算方法は記載しておりませんのでご了承ください。本資料の一部、もしくは全部を書面による許可なくして転載、引用することを禁じます。本資料の著作権はPIMCOに帰属します。 2008年(注)PIMCOはパシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーを意味します。