誰がために鐘は鳴るやと問うなかれ、鐘は汝がために鳴るなれば
カーティス・ミューボーンの略歴はこちらをクリックしください。 ジョン・ダン 『瞑想17』古くからのトレーダーの格言に、「最高値を知らせる鐘はない」という言葉があります。しかし、現在は金融市場のあちらこちらで警鐘が鳴らされていると確かに感じられ、クレジット・スプレッドはほとんどのセクターで2倍程度に拡大し、世界の株式市場は何年ぶりかの急落に見舞われています。
エマージング市場のクレジット・ファンダメンタルズの長期的な改善については、この Emerging Markets Watchで何度も取り上げてきましたが、この改善を背景に、エマージング債の投資家が鳴り響く警鐘を他人事と考えたとしても無理からぬことです。要するに、資産担保証券(ABS)、債務担保証券(CDO)、ローン担保証券(CLO)、レバレッジド・バイアウト(LBO)とエマージング債との間には直接の関係がないと感じられるのです。しかし、ジョン・ダンには申し訳ありませんが、現在の高度に一体化されたグローバル金融システムでは、孤島のように他と隔離された金融市場はどこにもありません。問題はどの市場で弔鐘が鳴らされているのかではなく、それぞれの市場にどのような未来が待ち受けているかです。
クレジット・クランチ
最近のクレジット・クランチの根本的な原因や関連性については数多くのレポートや論文、記事で取り上げられていますので、ここでは簡潔にまとめると、プライベート・エクイティやLBOに関連した大量の発行予定により、クレジットに対する強い需要が存在する一方で、信用を提供する側の一部(レバレッジを利用する参加者やデリバティブ・ストラクチャー)がマージン・コールの対象になったことが引き金を引いたといえるでしょう。
エマージング市場の投資家にとって、忘れてはならない2つの重要な点があります。第1に、現在のクレジット・クランチはクレジット商品全般における実際のデフォルトではなく、資本コストの上昇により引き起こされたものだということです。世界的にみた社債のデフォルト率は現在、1.4%前後と過去最低水準にあり、エマージング市場のソブリン債務には過去数年間、デフォルトの発生がありません1。問題となっているサブプライム・モーゲージでも、借手の85%は依然として予定通りに元利金を支払っており、これまでに発生した実際のデフォルトは5%を下回っています。もっとも、延滞率が上昇しているため、将来の損失率は現在よりも高くなると考えられます。
第2点目として、資本コストの上昇はレバレッジを活用していた参加者(ヘッジファンド、CDO、CLOなど)が資本市場から撤退した帰結だということです。こうした投資家や商品はクレジット・スプレッド縮小の力強い原動力となってきました。例を挙げると、10年前には取るに足らない存在であったCLO市場は、この数年で重要性が高まり、新規発行されるバンクローンに対する需要の60%を占めるに至りました2。そして、CLO発行額は2007年上半期に過去最高に達しました。しかし、7月になると投資家が手を引き、CLOの発行は停止しました。CLO市場の機能停止は企業の買収資金をバンクローンに頼っているプライベート・エクイティ企業と、さらにはこうした企業の資金調達のために2000億ドル以上ものブリッジローンを提供している銀行にとって、重大な問題になっています。商業銀行と投資銀行はシンジケーションを組み、こうしたローンを短期間で他の投資家、特にCLOに対して売却することを前提に、こうしたローンを引き受けてきましたが、需要はほぼ完全に姿を消しました。
ファンダメンタルズとテクニカルの結びつき
過去の金融危機に関して、きわめて重要でありながらも、見過ごされることの多い1つの特徴として、多くの場合、借手ではなく貸手が問題の起点となっていたことがあります。これはクレジット市場の自己充足的、すなわち「再帰的」3要素です。すなわち、金利の上昇によって、借換えの際のコストが借手にとって許容可能な範囲を超えてしまうことを意味します。このため、貸手からの流動性供給の減少が借手の信用力の悪化を招くことが少なくないのです。
この観点からすると、エマージング市場の中でも高格付の国は、対外債務の劇的な減少、経常収支の改善、資金調達所要総額の減少、外貨準備の蓄積により、過去のサイクルに比べて、資本コストの上昇による影響を受けにくくなりました。さらに、エマージング市場におけるCDOやCLOの件数は少なく、CDO市場やCLO市場の収縮がスプレッドに与える直接的影響はきわめて軽微にとどまるはずです。こうした状況は米国や欧州の低格付け企業と対照的であるといえます。こうした低格付け企業は借入れ水準の高さや債務の借り換えニーズ、銀行セクターによる融資提供能力の低下などにより、エマージング市場よりもはるかに脆弱であることは間違いありません。さらには、こうした企業の発行する債券商品に対する需要、特にバンクローンに対する需要の主たる源泉はレバレッジを利用したストラクチャー案件であり、こうしたストラクチャー案件がクレジット・クランチの発生まで、スプレッド縮小の重要な原動力となってきました。
同時に、エマージング市場の投資家はリスクに対する認識の変化がエマージング市場領域内部のさまざまな国に対して、それぞれどのような影響を及ぼすのかを理解する必要があります。現在のクレジット・クランチが発生するまでの間、エマージング諸国や企業の借入れ需要は大きいながらも、穏やかな世界的環境がエマージング諸国や企業全般にとって、強い支援材料になっていると考えられてきました。しかし、足元でクレジット・クランチが発生すると、この認識にも変化が生じ、こうしたエマージング債や社債セクターは金融環境の逼迫の影響を最も受けやすいと考えられるようになりました。必要な調達額が大きく、政策面の基盤が弱く、大幅な経常赤字となっている国や、目先の借入れ所要額が大きい、もしくは資本構成における借入れ依存度が高い企業のリスクは上昇しています。信用力の確保が難しくなるほど、差別化と高度な信用力選定の重要性が高くなり、政策面の透明性が低い、もしくは(および)非正統的な政策を採用するエマージング諸国や企業の脆弱性が高くなります。
世界の貯蓄とエマージング債券市場
PIMCOの長期経済見通しでは、世界経済の力強い成長が持続すると共に、主にドル安によって、現在の世界的な経常収支の不均衡の解消が進むと予想しています。クレジット・ファンダメンタルズの観点からすると、こうした見通しと世界経済全体でみられる力強いパフォーマンスはエマージング市場の債務履行能力をさらに強化するものです。
また、この長期見通しはテクニカルな観点からも明るい将来を示唆するものです。世界的な貯蓄の最大級の源泉として、石油輸出国における国家資産基金(チャート1)とBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)およびその他のエマージング諸国における外貨準備(チャート2)がありますが、この2つの源泉は拡大を続けており、実際に2007年上半期だけで、2006年1年間に匹敵する伸びを示しています(チャート3)。この資本の巨大プールは、リスク資産の購入という直接的な形か、リスク資産に対する資金フローを媒介する国際資本市場全体への継続的な貯蓄の供給という間接的な形、あるいはその2つが融合した形で、現在のクレジット・クランチの正常化にきわめて重要な役割を果たす可能性が高いと考えられます。
エマージング市場内部における高水準の貯蓄は、高格付のエマージング諸国にとって、別の形でも重要な支援材料になります。それは自国債務の買い戻しです。債務国は市場の混乱に乗じて自国債務を低い価格で買い戻し、利益を得ることが可能です。すでに複数の国や企業が最近の下落を有効活用して債務の買い戻し行っています。外貨準備がきわめて早いペースで蓄積されているため、市場の混乱が続けば、債務の買い戻しも続くことになるでしょう。
クレジット・クランチにおけるエマージング市場投資
現在の混乱の広がりと深刻さからすると、金融市場の激しい変動はさらに数ヵ月程度続く可能性が高いと考えられます。さらなるマージン・コールや強制的売却、ヘッジにより、さまざまなセクターでクレジット・スプレッドがさらに拡大する可能性がある一方、多額の資金が配分され、急激なショートカバー・ラリーが引き起こされる可能性も考えられます。ただし、たとえ力強い世界経済の成長と巨大な貯蓄プールにより、現在のクレジット・クランチからのダメージを最終的に回避できたとしても、市場が均衡水準に近づく中、需要と供給を消化できるスプレッド水準に関して、短期的な不透明感は存続するでしょう。エマージング市場のクレジット・スプレッドは競合する資産クラスの相対的バリュエーションの影響を受けることになります。そして、この影響は借入れに対するアクセスに一時的な障害が発生した場合に信用力が根本的に悪化する恐れのある低格付けクレジットに最も強く表われることになるでしょう。
市場の変動は基調的ファンダメンタルズが良好なセクターを中心に、魅力的な投資機会を生み出します。現在のような状況では、ボラティリティが上昇する可能性を認識しつつ、数多くのエマージング諸国におけるファンダメンタルズの改善と、世界の成長および貯蓄環境がもたらす長期的な追い風を有効活用する方法を見つけることが必要になります。これは資金調達コストの上昇や金融市場混乱の悪影響を受けやすいアルゼンチン、エクアドル、ハンガリー、レバノン、トルコといったクレジットに対する投資を見合わせ、ブラジル、メキシコ、ロシアといった巨額の流動性準備を保有するクレジットに集中投資すべきことを物語っています。
カーティス・ミューボーン
エグゼクティブ・バイス・プレジデント
1 007年6月ムーディーズ月間デフォルト・レポート2 『Standard & Poor’s Leveraged Lending Review』2007年第2四半期3 ジョージ・ソロス氏の見解。「金融市場にはいわゆるファンダメンタルズが反映されるといわれるが、金融市場がファンダメンタルズに影響を与える場合もある」。
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