はじめに:物価連動債とは
物価連動債(インフレ連動債)は、物価上昇率(インフレ率)に応じて、元本が調整される債券です。通常の固定利付債の場合、元本とクーポン利率は固定であり、利払い額、および償還額は変動しないため、物価が上昇すれば、実質ベースでみた(物価上昇分を割り引いた実質的な)債券の価値は低下してしまいます。一方、物価連動債の場合、クーポン利率は固定であるものの、物価上昇に連動して元本が増加するため、利払い額や償還額が増加します。従って物価連動債は、インフレーションがおきても実質的な価値が低下しない債券、といえます。
(図表1)物価連動債の仕組み

* インデックス・レシオ=決済日の参照CPI÷発行日の基準参照CPI。
決済日、発行日それぞれの参照CPIには、一般的に3ヶ月前のCPI指数が用いられるため、物価調整後の元本には3ヶ月のラグがあります。
注)本稿では日米をはじめ多くの国で広く利用されている方式を基に解説しております。
物価連動債は「実質価格」で取引されますが、実質価格はインフレの上昇がないという想定下での債券価格と考えられます。売買の決済時には、実質価格にインデックス・レシオを乗じ、インフレ上昇分を加算して決済されます。また、物価連動債の利回りは、インフレ上昇分加算前の実質価格のベースで、物価連動債を償還時まで保有した場合の利回り、すなわち「実質利回り」となります。
物価連動債を保有するメリット
投資家が物価連動債を保有する利点としては、主に以下の点が挙げられます。
① インフレーションに対する資産価値の保持
前述のように、物価連動債は、元本がインフレ率上昇に合わせて増加するため、物価が上昇しても、債券の実質的な価値(購買力)が損なわれません。物価連動債の保有は資産価値をインフレーションから防衛するために有効な手段となりえます。
(図表2)

② 相対的に低い価格変動性
図表3は、同年限の米国物価連動国債(TIPS:Treasury Inflation Protected Securities)と米国名目国債について過去3年間の価格の変動率を比較したものです。物価連動債の方が相対的に価格変動性が小さく、安定的に推移していることがわかります。
③ 一般国債を含む他の資産クラスとの分散効果
物価連動債は通常の固定利付債とは異なるリスク・リターン特性を有しており、資産ポートフォリオに物価連動債を加えることによる投資分散効果が期待できます。下の図は、米国の物価連動国債と他の債券資産クラスおよび株式との相関をまとめたものです。(図表4)物価連動債と他のアセットクラスとの相関(米国の例)

名目金利債券とのリターン比較 ~ ブレーク・イーブン・インフレ率
ブレーク・イーブン・インフレ率とは、同年限の物価連動債と名目金利債券に投資する際、両者の利回りが等しくなる(break even)ようなインフレ率を指します。また、名目利回り、実質利回りはともに市場で取引されるそれぞれの債券価格によって決まるため、ブレーク・イーブン・インフレ率は、物価連動債の実質価格に市場が織り込んでいる期待インフレ率にほぼ等しいと考えることができます。
以上の考え方を数式で表すと、まず、債券の名目利回りの要素は以下のように分解することができます。
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名目債券利回り = 実質利回り + 期待インフレ率 + リスク・プレミアム |
また、名目利回りと物価連動債のインフレ調整後利回りを等しくするブレーク・イーブン・インフレ率は次のように表すことができます。
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名目債券利回り = 実質利回り + ブレーク・イーブン・インフレ率 |
ただし、リスク・プレミアムについてはその測定が容易ではないため、一般的に、ブレーク・イーブン・インフレ率をほぼ市場の期待インフレに等しいとみなして利用されています。
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ブレーク・イーブン・インフレ率 ≒ 期待インフレ率
名目債券利回り ≒ 実質利回り + 期待インフレ率 |
(図表5)名目利回り、実質利回りと期待インフレ率の関係

ここで、ある期間におけるブレーク・イーブン・インフレ率の上昇ないし低下の動きをみることで、その期中、名目金利債券と物価連動債のどちらのパフォーマンスが相対的によかったかを判断できることを示しましょう。
例として同年限の債券の名目利回りが3%、物価連動債の実質利回りが1%であるとします。このとき、ブレーク・イーブン・インフレ率は2%(= 3% - 1%)です。ここで、市場の期待インフレ率が2%のままであれば、物価連動債から得られる利回りは3%(実質金利1% + 期待インフレ率2%)で、名目金利債券と同程度です。しかし、期待インフレ率が3%に上昇する場合、物価連動債の利回りは4%(実質金利1% + 期待インフレ率3%)となるのに対し、名目利回りは3%のままであるため、物価連動債が名目金利債券をアウトパフォームします。逆に、市場の期待するインフレ率が1%に下がれば、物価連動債から得られる利回りは2%(実質金利1% + 期待インフレ率1%)となり、名目利回りをアンダーパフォームします。
(図表6)期待インフレ率の動きと物価連動債のパフォーマンス

従って、同年限の名目金利債券と物価連動債の相対的なパフォーマンスの判断基準として、ブレーク・イーブン・インフレ率が上昇する場合、すなわち、市場の期待インフレ率が上昇する場合、物価連動債は名目金利の債券をアウトパフォームします。反対に、ブレーク・イーブン・インフレ率が低下する場合、すなわち、市場の期待インフレ率が低下する場合、物価連動債は名目金利の債券をアンダーパフォームします。
物価連動債が有利となる運用環境とは
下記の表は、インフレ率および実質金利の変化が物価連動債のパフォーマンスに与える影響をまとめたものです。まず、物価連動債は実質価格で取引されるため、実質金利が低下すればキャピタル・ゲインが獲得でき、反対に実質金利が上昇すればキャピタル・ロスが発生します。
また、名目金利の債券との相対的なパフォーマンスという点においては、インフレ率が上昇するほど、インフレ調整後の元本、およびクーポン収入(インカム・ゲイン)が増加する物価連動債がアウト・パフォームします。逆に、インフレ率が想定していた水準よりも低下すれば、物価連動債のインカム・ゲインは減少するため、物価連動債がアンダー・パフォームすることになります。
従って、物価連動債の保有はインフレ率が上昇し、実質金利が低下する環境において有利になるといえます。例えば、インフレ率が上昇しているにもかかわらず、景気への配慮から中央銀行の利上げが迅速に実施されない局面などが考えられます。
(図表7)物価連動債のパフォーマンスに影響する要因
世界の物価連動国債市場
物価連動国債はイギリスで1981年に発行が開始されて以降、欧米諸国を中心に発行が増加しており、現在、市場規模では米国が最大で、2005年12月末時点の残高は約3,515億ドルとなっております。日本においても2004年3月から発行が開始されました。
もっとも、米国債全体の市場規模(市場性財務証券ベース)は2005年12月末時点で約4兆3000億ドル超に達しており、物価連動国債の流動性は通常の名目金利債券に比較して依然低い水準にあります。
